猫田に小判 -新館 -

Last Modified: 2024/04/14(Sun) RSS Feed

No.73

#徒然なる日記 #どうでもいい思い付き #陶芸 #縄文時代

さくら市ミュージアム荒井寛方記念館でやっている「栃木縄文の夏5000年前の土器世界」が8月27日までなので行ってきた。

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なんとなんと、ガラスケースに入っていない縄文土器が至近距離1cmで鑑賞できるという、これはもう触っているのと同じくらいなので(もちろん触ってはいません)、鑑賞というより完全に観察である。
メインは縄文中期の土器で、その他に翡翠とか石棒などもあった。

そういうわけで、目からレーザー光線を出して穴が開くほどの近距離で分析してみて分かったが、縄文人の土器の仕上げのテクが半端ない。造形美ばかりが注目されるが、実はそれ以上に根本的な陶芸の技術力は物凄い。全く手を抜いていない。中でも凄いと思ったのは器の腰の仕上げと内側の作りの完璧さだ。

よく縄文式土器を作ってみようというワークショップで底を平らにして紐積みで形を作るが、あの方法とは明らかに違うというのはハッキリした。縄文土器、全部と言って良いと思うが、腰の角の面取りが完璧にされている。ワークショップの方法だと確実に腰に角やバリが出る。それが無い。綺麗に面を取った上に撫でつけて丸みを持たせている。小さいものならさておき、50㎝級の大型土器で、しかも口辺に精緻な飾りが付いているものでも腰の仕上げがされている。このサイズを上まで作って半乾きになるまで待ってから逆さにして腰を仕上げるのはどう考えても無茶なので、口を作る前に一度逆さにして仕上げるか、最初から腰を丸く仕上げておくしかない。が、腰を丸くした時点で安定性は悪くなるから、その後にバランスを取りながら左右対称で口辺まで積み上げて装飾を綺麗に作るのは難しい。現代のように大型のロクロでもあれば別だが、今のところ、ロクロのような道具は見つかっていない。

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次に内側の仕上げの美しさだ。こうした形状の内側を仕上げる場合、今の感覚なら縦長の形状(特に土器下部のような形状)は下から上に撫でて平滑面を作っていくと思うが、見える範囲で覗き込んでみたがどれも下から上に撫でた形跡が無い。
更に驚くのは、あれだけ砂目の土を使っていながら、砂で引っ掻いた跡が見当たらない。シャモットや長石粒を入れた粘土を使った時には、仕上げで表面を綺麗にしようと少し乾き始めた状態で撫でつけると、粒が浮いて引っ掻き傷が出来るのだが、縄文土器には引っ掻き跡らしきものがほとんど見当たらない。撫でずに仕上げる方法があるとしたら、叩きを入れることになるが、そうすると須恵器のように内側に青海波文という叩いた道具の跡が残るはずだ。しかし、叩き跡も無いし、そもそも形状的に叩いて仕上げるには無理がある。

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他にも、外に比べて内側の炭化が強過ぎる器は煮炊きで使われたとは考えにくいとか、どう見ても上下逆にした方が自然な用途に感じられる形状があるとか、いろいろと疑問は沸きまくるのだが、それは長くなるのでまたの機会にして、今回は、仕上げに関する予想を、一応、書いておく。

まず腰の仕上げだが、以前から上下に伸びる筒(正確には逆円錐台)と、円に広がる椀形は、異なる方法で制作され、両の形を仕上げてから接着したのではないかという想像はしていた。重力に逆らってあの形状を下から上に一気に作っていくにはかなりの無理がある。
だが、前回の尖底土器は土を掘って雌型にしたのではないかという話の逆で、土を盛り上げて凸状の雄型を作り、それに粘土を巻いていけば比較的安定した円錐台形を作ることが出来る。雄型で形を作る場合、長時間粘土を乾かしてしまうと乾燥収縮でヒビが入るため、そこそこの乾き具合で型から外し、別に作った鉢の底を抜いて合体させたのかもしれない。こうすると腰の丸みの仕上げをすることは難しく無い。
同時期の縄文土器を一度に見て感じたのだが、下半分は案外似た大きさの物が多い。作り方が板づくりではなく粘土紐を巻き上げて表面の継ぎ目を消す方法で作ったことは、破損断面の高解像分析から確実らしいので、それを考慮すると、上部の大きさがやたら違うのに、下部は厚みや長さが多少違っても、大体、似た太さとなってくるのはおかしなことではない。

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次に、内側の仕上げについてだが、滑らかさから考えて、手以外に皮や布、木材などの道具を使っているかもしれないというのは予想出来る(木材は引っ掻き傷が出やすいので、皮か布になるが)。
だが、それで撫でたにしても綺麗すぎる。そこで非常に興味深いテクスチャの土器を見つけ、それが仕上げ方の予想に繋がった。

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表面に貫入のような細かいヒビが出ているのが分かる。貫入の場合は窯が冷める時に素地と釉の冷却収縮差で生じるのだが、この写真のヒビは恐らく焼成後の冷却で生じたものではない。似たような状態になるのは、素地の乾燥が進んだ状態で上に粘土質が多目の化粧土を少し厚めに塗ると起こりやすい。乾燥収縮が進み、かつ、吸水性が高い素地に水分の多い泥漿を塗ると、泥漿の水分が一気に吸収され乾燥収縮することで、こうしたヒビヒビが現れる。
つまり、縄文土器の内側は、形を作った後に泥漿で仕上げ塗りをしている、または、水を含ませた布で泥状になるまで内側を拭いていると考えられる。それであれば、砂目の多い素地でも、表面の引っ掻き傷は少なくなる。私も陶胎漆器を作る時、赤土を塗って布で拭くと表面が滑らかになるのは経験している。本来はもう少し素地が湿っている状態で行えばヒビは出ない。写真の土器は素地が乾きすぎたけど、まぁいいかという感じで仕上げたら、なんかカッコイイヒビが出たからこのまま使おうとなったのかもしれない(あるいは、あまりヒビの有無は関係ない器の用途だったという可能性の方が高いか)。
ちなみに、この技法を更に緻密に仕上げると、紀元前500~200年頃の古代ヨーロッパの発掘品として出てくるテラシギラタという陶器の技法になる。まるで釉薬を掛けたかのような光沢感が生まれる。日本では常滑焼の朱泥急須が近いが、明らかにテラシギラタが用いられたと分かる器は残っていない。泥団子という子供の遊びでテラシギラタは残るのみとなっている。
もしかしたら、縄文土器の内側も元々はもっと光沢感があったのかもしれないが、流石に紀元前5000年の発掘品だと、いくら状態が良いとはいえ、テラシギラタの光沢感まで残るのは難しいのだろう。
とにもかくにも、泥漿による内側の仕上げがもし行われているとしたら、縄文人はかなり目止めやコーティングに関する知見が深かったと思われるわけで、なるほど漆や天然アスファルトを精製して塗るという作業が出来るのは必然なのだろう、と妙に納得してしまった。

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