ガラス用漆の金継ぎ使用について(本報告)

私は陶磁器修理の仕事を始めたころから、単なる漆芸転用の技術ではなく陶磁器には陶磁器専用の金継ぎというものがあるのではないかと考えてきたし、時折、このブログでもそれを書いてきた。
で、ガラス用漆を使うことで、陶磁器用の金継ぎというのがおぼろげながら見えてきたので結論として、ここにまとめておこうと思う。
とはいえ、概ねの結論が出た程度で、もしかしたら根本的に間違えている可能性はあるわけで、ある時、大ドンデン返しで全否定になる可能性も無いとは言えない。ただ、現状、おそらく方向性に間違いは無いと私自身は考えている。
なお、以下に記載する内容は、あくまでも『ガラス用漆を使用した陶磁器修理』という狭い範囲においての金継ぎ。例えば、修理対象が陶磁器ではなく漆器などの木材だった場合。また、ガラス用漆ではなく本漆やMR漆などのいわゆるプライマーが入っていない漆の場合の用法としては適切ではない可能性が高いというはご理解頂きたい(陶磁器であれば、普通の漆でも使えそうな気はしているけれども)。
そうした前提をご理解頂いた上で、ガラス用漆を使用した現状、最適と思われる金継ぎ方法について記載する。
ガラス用漆はシリカ(二酸化ケイ素)を含む素材に対しては極めて強い密着力を持っている。特に、耐水性および耐熱水性については通常の漆に比較して段違いの強さがある。
理化学実験用のスライドガラスに適量を塗布して3週間以上養生させたものは、熱湯に10分入れて10分冷ますターンを3回やっても全く剥離しない(つまり熱水に対しては30分の耐性はある)。勿論、常温の水でも剥離は起こさない(1ヶ月の水没でも変化はみられなかった)。
このことからも分かるように、陶磁器の金継ぎで、もし「日常使いできるよう兎に角、丈夫に直してほしい」とか「花瓶の修理のため水漏れしないようしっかり直してほしい」という要望があった場合に使用する最適な修理材はガラス用漆であるのは間違いない。(逆に、後世、誰かに再修理して欲しいと思っている時はガラス用漆は使わない方がいいということになる。)
金継ぎで必要となる修理材には、接着のための漆、充填のためのパテに使う漆、金を接着するための漆、そのほかにヒビ埋めの漆、や、焼締素地のための浸透力を落とした漆などが必要になる。
個々に、どのようにガラス用漆を利用するのか列挙していこうと思う。
1、ヒビ埋め用の漆。
これはガラス用漆の透素黒目漆単体で問題ない。低粘度なので特に希釈しなくても浸透していくが、不安であれば、無水エタノールなどの揮発性の高い有機溶剤で希釈しても良い。
ヒビの上に少し盛り上げ気味で置き、浸透するのを待って拭き取る。何度か繰り返し、浸透しなくなれば終了である。
2、浸透力の高い焼締素地用の漆
呂色漆は粘度が高いが、浸透力の高い焼締素地の場合、それでも細い線は滲んだようになることがある。その時には、木炭粉を少量入れることで浸透を抑止することができる。透素黒目と呂色と2本も買うお金は無いよ、という人は透素黒目漆に木炭粉を入れるだけでも良い。
現代では高蒔絵の下地として使う時にしか聞かないが、古代の漆器には、下地に木炭粉を入れた漆を使用したものがあり(おそらく錆漆の技術が完成する前、あるいは、錆漆の代用として用いられたのではないかと勝手に考えているが)木炭粉を入れて下地とする事に間違いはない。
私は備長炭パウダーというのをネットで購入し使用している。50gも買えば間違いなく一生困らない量だと思う。入れすぎると粘りが強くて筆で塗れなくなるので、様子を見ながら極少量ずつ混ぜるのが良い。
なお、備長炭パウダーを入れても耐熱水性はガラス用漆単味と同等なのは試験済み。木炭粉の代わりにエアロジール(ガラス微粉)も使えるが、わざわざそれだけのために買うにはコスパが悪すぎるので、趣味でフィギュア作っているという人以外は備長炭パウダーの方が良いと思う(余ったらプリンとかヨーグルトに入れて黒スイーツ作れるし)。
3、金を接着するための漆
ガラス用漆はシリカに対して密着力が高いだけで、漆の上に塗る場合は普通の漆と大差無い。なので、下地に漆を塗り、その上に金撒きを施す場合にはガラス用漆を使う必要は無い。というよりも、皮膜強度を考えると、MR漆やLTH漆などのように紫外線に強く、皮膜硬度も高い漆を使う方がベターだ。
ただし、細いヒビの修理だけというケースにおいては、陶磁器と直接触れる可能性もあるので、呂色漆に弁柄を入れて漉すか、上赤呂色を使うのがベター。個人的には呂色漆に弁柄を入れて硬さを調整する方をお勧めするが、そこまで拘りが無いという人や、出来るだけ材料を無駄にしたく無いという人は赤呂色の選択肢も有りだと思う(結果的にコストは高くつくと思うが)。素黒目でも良いのだが、何故かガラス用漆の素黒目は消上しか製造しておらず艶消しの漆なので、金を蒔いても当然艶消しになるというリスクはあるのでご注意を。
4、パテに使う錆漆
これは、前のブログでも記載した通り。
概ね『との粉:水:漆=6:1.5:2』を混ぜ、可塑性が出たら使用する。
5mm程度の欠損であれば、1回の充填で2週間程度乾かせば加工出来る。それ以上の欠損の時は『錆付け→乾燥→透素黒目漆を薄塗り→錆付け→…』と積層をして埋めていく。
基本的に、混ぜる比率も使い方も、通常の漆と全く同じ。
耐熱水性も違いはほぼ無いようだ。(パテの場合、アンカー効果による機械強度の要素が大きいからではないかと思う)
5、接着用の漆
今回の目玉。陶磁器用の金継ぎとして最も異なるのが、この接着用の漆についてだ。
漆で何かを接着する時には、うるち米を練って漆と混ぜた糊漆、あるいは、小麦を練って漆と混ぜた麦漆を使うのが定石である。過去の修理品のほとんどは間違いなくこのどちらかを使っていることから見ても、王道なのは確かだが、実は、このうるち米のデンプンや、小麦のグルテン(タンパク質)は、耐水性はあっても耐熱水性が低い。漆と混ぜることでその欠点を補助しているのだが、そもそも漆自体が陶磁器やガラスなど無機質に対しての耐水密着力はあまり強く無いため、強い接着力といっても限界がある。
金継ぎハウツーには、すでに修理してある金継ぎをやり直す時は、熱湯で器を煮ると書かれているのは、デンプンやグルテンの耐熱水性の弱さを利用しているわけだ。事実、ガラス用漆であってもデンプンやグルテンを混ぜると耐熱水性は漆単味よりも顕著に低下する。
では、どうしてデンプンやグルテンを入れるのか、だが、私が思うに、おそらく大きな理由は2点。1つは初期保持力(このブログでも何度か書いているが、要するに固まるまでベタベタと粘っている状態)によって接着箇所を固定する必要性。もう一つは、浸透性の高い素地の場合に接着断面に漆を保持しておく必要性。だと思う。
昨今ではマスキングテープなどを使ったテーピングにより接着剤が硬化するまで固定させるのが当たり前になっているので、作業における長期的初期保持力というのはあまり重要ではなくなった。(昔は固定のために縄などを利用したと思うので、おそらく初期保持力の必要性はかなり高かったと思われるが。)
なので、2つめの、素地に漆を浸透させないということがキーになる。液状のアロンアルファを扱ったことのある人は、陶器素地に使ってもなかなか接着出来ないのでゲル状アロンアルファを買い増ししたという経験があるかもしれない。液状のアロンアルファでは接着出来ない理由は簡単で、アロンアルファが素地に吸収されて接着断面に残らないから。
それと同じで、漆は一見、粘性が高く見えるが、硬化するまでに時間がかかるため実は陶器素地によく浸透する。吸水性の高い素地(低温焼成の器など)だと表面に漆が残らない。そのために漆を保持しておく別素材が必要になってくる。これがデンプンやグルテンが必要になる理由だ。しかし、残念なことにそれは諸刃の剣。使えば耐熱水性が低下する。
では、一体、その矛盾をどうすれば解決できるのか。そこで思いついたのが、錆漆の利用。4番で記載した通り、ガラス用漆で作った錆漆は極めて耐熱水性能が高い。そして、砥の粉は元々、磁器素地の原料に出来る程度には粘性や可塑性を持っている。なるほど、答えは元から揃っていたのかという感じだ。(そういえば、江戸時代の修理である焼き継ぎも接着には陶土を使っていると自分で書いていた。)
このブログを伝記にするつもりはないので、ここに至るまでの試行錯誤は省略して、結論を書こう。錆漆を接着用の漆として使うことは出来る。しかも、糊漆や麦漆よりも、硬化後は強い。おそらく現状、最も陶磁器の金継ぎに合った接着剤は、錆漆だ。
「ただし、」錆漆の配合をそのままでは粘りが弱く、間持ちするので接着誤差が大きくなってしまうため配合比率を変える必要がある。比率は『砥の粉:水:漆=60:15:40(重量比)』。要は、漆の150%の砥の粉。砥の粉の25%の水。という比率。少し面倒だが、漆を計量して、その1.5倍の砥の粉を用意し、砥の粉に重量比1/4の水を加えて混ぜるという手順になる。
本当は漆の1.3倍の砥の粉がベストなのだが、そこまですると計量が面倒なので1.5倍で良いと思う。実際、密着力に大差は無いので。では、何故、この比率なのか、だが、この比率よりも砥の粉が少ない場合(言い換えると漆が増えた場合)、硬化時にシワが出やすくなる。漆を誤って厚塗りしたことがある人は多いと思うが、シワは表面の見た目の悪さ以上に密着力の低下という問題を生じる。接着した時も同じで、シワが出るものは熱水に入れた時に密着力が落ちるのだ。そのため、シワが出ない比率を求める必要があり、その境界が漆の1.3倍以上の砥の粉ということになる。
面倒だから漆の2倍じゃダメなのか?と当然考えると思うが、2倍でもダメではない。ただし、初期の粘着力が低下してくるのと、細かい破片を接着するときに間持ちで誤差が出やすくなる。特に口元の誤差が。従って、漆に対して砥の粉は1.3倍以上2倍未満で抑えるのが最良。計量の簡便さを鑑みて1.5倍という結論になる。
水の量が砥の粉の1/4なのは、これ以上入れると流動性が高くなり、可塑性も落ちるからだが、もしかしたら高温乾燥状態などの環境下では練っている間に水が蒸発する可能性もあるので、もう少し入れても良いのかもしれない。実験期間が秋からなので、これについては夏場になったら、もう一度、きちんとブログで報告したいと思う。
なお、小さな器や、破片が小さいものならば、圧着後にテーピングしなくても形状を保持できるので、ベタベタと大量にテーピングを行う必要は無い。その辺りも修理の簡便さに寄与している感じだ。
さて最後に。これは私一人の試験結果によるものだ。間違いなくデータとしては不十分だと思うので、もし、ガラス用漆を使って趣味で金継ぎをしているという人がいらしたら、更なるテストをお願いしたい。
結果を教えていただければ、尚更、嬉しいんだけれども、そこまではお願い致しません。ただし、もし、良好な結果が得られた時は周りの金継ぎ仲間には結果を無償提供し共有して頂きたい。金継ぎはまだまだ発展途上の技術なのだ。

2件のコメント

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.3; WOW64; Trident/7.0; MANMJS; rv:11.0) like Gecko
    待ってました!の本報告。
    錆漆で接着というのも衝撃的でしたが、それより何より、最後の2行に感銘いたしました。
    日本の伝統工芸の世界は「内緒」ごとが多く、教室の外の人との技術情報の交換が出来なかったりすることに息苦しさを感じることもままあります。
    「一門」の技術保持のためにはなっても、金繕い界全体の技術向上には結びつかない、風通しの悪さというか…。
    そんな中で、御自分のノウハウを公開してくださる、このブログの存在に感謝しております。

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10_10_5) AppleWebKit/601.2.7 (KHTML, like Gecko) Version/9.0.1 Safari/601.2.7
    コメントを頂きありがとうございます。
    完成された技術だと思っている人が多と、どうしても風通しは悪くなりますよね。
    私は、まだまだ変化発展の可能性があると思っているので、うちわでパタパタやる程度ですが、そのうち、風の流れは変わるのではないかと思っています。パタパタやる人が多くなって、複雑な風の流れが生まれたらいいなぁ、とも思っています。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です