レビュー『ゼロからの金継ぎ入門』

久しぶりの金継ぎハウツー本のレビューを書こうと思う。
取り上げたのは、誠文堂新光社『ゼロからの金継ぎ入門』(2000円+税)。発行は2015年6月3日。私は、たしか7月の中旬に見つけたと思う。
「ゼロから」と敢えてタイトルに記載してある通り、非常に一つ一つの作業の解説が丁寧に書かれていて、写真も豊富で構成もしっかりしているので読みやすく好感が持てる良書だと思う。金継ぎ本の中では大判で値段も良心的だし買って損は無い。
金継ぎハウツー本の中では、以前にレビューした「金継ぎをたのしむ(平凡社)」とそろえて買っておきたい本だと思う。「金継ぎをたのしむ」もそうだったが、エポキシや合成漆ではなく、すべて本漆を使って直しをしているところが良い。
最近、エポキシや合成樹脂塗料を使った短時間作業での金継ぎ記事を、やたらとネットや書籍で見るのだが、それに必ず記載されているのは「日本人の心」とか「日本人の美意識」という売り文句。私はエポキシや合成樹脂塗料の存在そのものは認めている(補強工事や構造物の軽量化には絶対に必要な材料だし)が、器の修理に使うことと、それを使って「日本人の美意識」というのが心底嫌いだ。壊れた器を直して使い続けたいという気持ち(いわゆる、モッタイナイ精神ね)は大切。だが、その気持ちの重さと修理作業の重さが同等であることが日本人の美意識なのではないかと思っている。大切なものは苦労しても時間をかけて寄り添い育てるべきであって、安いからとか手軽だからという理由を一義にするのは美意識に反していると思っている。
と、少し話がズレた上に愚痴っぽくなったので、元に戻すと、時間をかけて器を直すことで傷心も治すという行間を感じるところ、そのために時間を掛ける理由がしっかりと説明されているところが良書と思う所以である。
ただし(ここが重要なのだが)この本、初心者にはお勧めし難い。ある程度、陶磁器や金継ぎについての知識があり、それについて比較したり補填として参照できる人が対象になってくると思う。「ゼロから」は初心者向けを意味していない、と読み解いてもらえると良いと思う。理由は、非常に丁寧なのだが結構致命的な基本的間違いがみられるから。丁寧な解説を読んで100%信頼すると危険が多い。付き合っている分には優しくて気の利く良い人だけど、結婚したら借金作っているのが分かって無茶苦茶苦労する、的な感じと言えば分かりやすいだろうか。
エセ科学とまでは言わないが、無理解のまま専門用語を使うことで説得力を持たせようとしたり、明らかに間違った解釈をしている箇所が散見される。
なぜ、このようなことが起こるかというと、職人にはよくある事例だが、とりあえず現状はそれで何とかなっているから。これは益子の職人と話をしていても感じることだが、日々の作業的に問題がないので根本的な部分を深く掘り下げ無いまま放置している状態だ。作業場で器を直しているだけなら100歩譲って問題がないと言えなくもないが、本にして売って身銭を稼ぐとなると、話は別だ。ちょっと陶芸本を読み直したり、初心者向けの塗料や接着の解説本をあたれば回避できる問題が放置されている。
一つ一つを解説していくと、かなりの長さになってしまうし、これまでにこのブログで何度か書いている事がほとんどなので、特に気になる点だけ指摘しようと思う。
単語について、大きな字なので余計に目立つ「単身」。「たんみ(単味:混ぜ物をしていない単一物)」のつもりだと思うが、これは「たんしん(独り身)」であって「たんみ」ではない。誤字だが意味は分かるので、第二版が出る時にでも直せば良いと思う。
問題が大きいのは、陶芸(陶磁器)に関する部分。
焼結という言葉が何度か出てくるが、この定義を完全に著者が理解していない。焼結は本来、粘土中にある長石が1150度を超えた辺りから石灰などのアルカリと反応して液状化し、珪石粒(珪石は熔融温度が高いためこの温度では溶けない)の隙間に入り、冷却時にそれが硬化することで珪石粒を結びつけて目止め効果が生まれることを言う。その部分の知識が無いまま、焼結という言葉を使っていると思われ、例えば21ページ「原因は粘土に化粧土と呼ばれる白い泥を塗るため、素地が2層となり、焼結の強度が劣るからです」は、焼結の強度が劣るからではなく、化粧掛けの後の乾燥時に素地と化粧土の収縮の差により剥離している(または密着していない)ことが原因。つまり、焼く前に問題点は発生しており、焼成で釉薬が補強はするが皮膜限界を超えた時に剥離するというのが正しい。焼結とは別問題だ。(また、粘土と泥が別物のように記載されているのも問題。化粧土はカオリンという粘土を溶いた泥であって、成分はどちらも粘土だ。)焼結や焼き締まりなどの陶芸用語が、じつに曖昧に使用されている。
陶磁器の種類についても簡単な説明が書かれているのだが、これも大雑把な上に下調べが明らかに少ない。赤土と白土の焼き締りの差が土に含まれる鉄の融点が低いからと書かれていたり(本当は鉄の融点ではなく、鉄がフラックスとして機能するから)、また、割れた事による歪みについても、少々無理矢理な理論付けがされている。さらに、赤絵はガラス質ではないと明言されているが赤絵は鉛釉(鉛の代わりにホウ酸などを使った無鉛もある)に鉄を混ぜたもので、他の上絵具よりも顔料が多いという違いこそあれガラス質である。
と、陶磁器については、むしろ変に解説を入れない方が良いと思ったりするところが非常に多い。
また、器を綺麗にしてから作業をするのは良いことだと思うが、洗浄過程でやたらと器を煮たがる。煮るという洗浄方法は無いことはないが、問題なのは、特に陶器はそう簡単に乾かないという記載が無いことだ。多くの人が勘違いしているが、陶器の素地から侵入した水は常温で置いてもなかなか蒸発しない。作業ができる程度に常温で乾かすなら夏でも1ヶ月以上は風通しの良いところに置く必要があり、それをしないと逆にカビ臭くなったり、素地の水分で漆が乾かないという問題が起きる。冬は絶対に常温以上に器を加熱する(加熱と言っても火にかけたりするのではなく、電気アンカや毛布の上に置く程度)必要がある。それくらいやらないと素地の水分というのは抜けない。なので、本当は、器は水没させず丁寧に拭くだけにしたほうが良い。それで取れない汚れは諦めて修理するのが器にとっては一番良い。
それと、ヒビの修理で、思い切って割った方が良いとか、ヒビはヤスリで溝を広げるとか、うーん、そういうのは修理のしやすさという点では有りかもしれないけど、器そのものにとってはどうなんだろうなぁという手法も気になるところ。(これは前回のブログで書いたことに付随する話だけども。)
漆についての記載でも、陶磁器に焼き付けを行う理由が非常に曖昧だ。(本来、焼き付けはやるべきではないことは、前のブログで書いた通り)
漆の硬化方法に2種類あることと、焼き付けは危険を伴うので注意する旨の記載は良いと思うのだが、どういうわけか素地の目止めで焼き付けをする。しかも、目的が目止めというよりも、接着強度を上げるためという変な理屈を付けている。
以前のブログでも書いたが、漆は一定の温度で焼くことで皮膜強度が上がることは間違いない。さらに、密着度が上がることも実験的に確認されているが、それは、”金属に対して”というエクスキューズがある(だから、鉄瓶や鉄釜の内側の塗装や修理で漆を焼き付ける事には合理性がある)。そのエクスキューズが完全に無視され陶磁器に用いられている。まぁ、下塗りをするれば良く付きそうだと思う気持ちは理解できるが、理論的には明らかに間違いだし、まして磁器でのそれは期待出来ない。
重合反応や高分子結合など難しい単語を使っているのだが、カテコールや側鎖という漆の構造や、鎖延長や橋架けという硬化の仕組みの知識が抜けているため、完全に漆の基本の説明で文字が宙に浮いてしまっている。
以前の繰り返しになるが、硬化した漆の皮膜は非常に安定した構造で、これは言い換えると硬度が高く、かつ、物がくっつきにくいということだ。だから漆は汚れが付きにくく塗料として優秀なのだ。まして焼き付けて皮膜強度を上げた後ならば、麦漆であっても、付きにくくなる事は同じだ。破損断面に漆を塗るのは、接着用の漆が素地に逃げないようにするための目止め目的のみであって、焼き付けた漆と麦漆が反応して接着強度が上がるというものではない。よって、素地の荒い陶器ならば目止めの効果は期待できても、磁器では大して役には立たない。むしろ、焼き付けによる貫入の汚れなどリスクの方が高いから絶対にやるべきではないと個人的には思っている。
その他にも、細かいこと書くといろいろあるのだが、長くなり過ぎるので、とりあえず絶対に注意したいポイントとして上記のみ書かせていただいた。
なんだか、やけに難癖を付けてディスっているように見えるかもしれないが、最初に書いたように、注意ポイントを除けば、作業は非常に丁寧で技術力も高く買って損はない本だし、金継ぎをやるなら手元に置いておくべき良書だ。なので、決して重箱の隅をつつくことを目的にはしていないことはご理解頂きたい。

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