人の視界、動物の視界

アラフィフおじさんが初めて体験するシリーズ。今回は、飛蚊症検査の巻。
半年くらい前から、少し飛蚊症のゴミが増えてきたような気がして作業中邪魔に感じることが多くなったので、検査をしてみることにした。
どんな検査をするのか分からなかったので、とりあえず車で眼科専門の病院へ行ったところ、検査をすると自動車運転出来なくなるので検査はダメと言われてしまったため、家に戻って車を置いてからバスで再び病院へ。
視力検査(Cの文字を見て上とか下とか言うやつ)と眼圧検査(眼球に風をあてて眼の弾力を計測)の基本検査の後、「眼球の中を見るために、瞳孔を開放する必要があるので、これから2種類の目薬を点眼しますね」と言われ、上を向いて目薬を点してもらう。20分、眼を閉じたままにする必要があるそうで、病院の椅子にじっと座って待つことに。だが、5分置きくらいで看護師さんが確認に来るが、どうやら、なかなか瞳孔が開かないようで、結局、4回点眼をしてやっとOKになった。
機械に顔を付けて眼の中の写真を撮られたり、直接眼球にレンズを付けて観察したりされること2、3分。
で、結果は、網膜が薄くなってきているが今のところ白内障の危険は無いので、とりあえず半年毎に経過を見ましょうという話。
ちなみに、飛蚊症のゴミは、一度、眼球の中に出ると移動するだけで無くなることはないので、視界に入ってきたら、視界から消えるまで我慢して下さいということだった。
とりあえずは一安心。
さて、お会計をして帰ろうかと思って、絶句。全くお金が見えない。特に小銭。眼が見えないということではない。財布の中にお金が有ることは分かる。だが、金額の判別が出来ないのだ。分かるのは、黒い塊と白い塊があるということだけ。つまり、5円と10円グループ、1円と100円と500円グループの2グループは分かるが、どれが100円でどれが500円なのかが分からない。
仕方が無いので、レジの看護師さんに財布の小銭を手に乗せて、よく分からないので取って下さいと頼んで会計をする。
文字で書くと、何を言っているんだこいつは。と思われるだろうが、実際、私も何が起こったのか最初は理解できなかった。
さらに驚いたのが、外へ出て強烈に眩しい。そして、街がボヤ〜っとした色面に見える。
私は趣味で写真を撮るので、カメラレンズについてはそれなりに知識がある。要するに、今、私は、F1.0のレンズで絞り開放、シャッタースピード無限で街を見ていることになる。そんなカメラ撮影が仮に有るとしたら、おそらく焦点距離は相当にシビアで、ピント以外の場所はかなりボケることになるだろう。まぁ、まず写真として成立しない絵なので、そんな撮影も無いと思うが。それはさておき、私は近眼の乱視。よって焦点距離すら存在しない。
驚愕の世界を文字で表現するのは、非常に難しいのだが、それでも何とか説明をすると。
物が有るということは認識できる。色の差と動きは区別できるので、それを頼りに立体物の形状(明るい部分と暗い部分で一つの物体であること)を予測し、たぶんこれは人、これは車という具合に推論をし、頭の中でパースを組み立てることで、やっと歩くことが出来る。そんな世界だ。
だが、歩き初めてはみたが、あまりに眩しいし、腹も減っていたので、喫茶店と思われる店に入り席に着く。で、店員さんが持ってきたメニューを見るのだが、これがまた驚いたことに文字が全く見えない。経験的に、顔を近づけたり離したりすれば、どこかで焦点が合うはずだと思うわけだが、これが、どこをどうやっても文字が見えないのだ。当然、読むことなど不可能。仕方が無いので、事の次第を説明し、メニューを店員さんに口頭で説明してもらう。
その時、そうかぁ、これが眼の見えない人の世界なのか。と、初めて気づいた。
そして、もう一つ気付いたのは、文字というのは焦点を合わせることができる視覚構造を持った動物にのみ与えられた情報なんだな、ということ。当たり前だが、文字というのは平面上に存在する2次元の物体なのだ。そして、その平面に焦点を合わせることが出来るから認識出来る物でもある。
だが、焦点が合わないと、メニューという3次元の構造物は認識できても、そこに書かれた2次元の文字は見えない。
前に、猫の目は焦点距離が非常に短いので、ほとんどのものはボヤけて見えると聞いたことがあるのだが、なるほど、これが猫の見た世界でもあるんだろうなと妙に納得した。そして、人間以外の動物が文字を持たないのは、文字の概念云々よりも、むしろ文字を認識するための焦点距離のある視覚構造を持っていないからではないだろうかと思ったりした。多分、ほとんどの動物は色と動きを認識して3次元を構築するだけで、2次元に焦点を合わせられないのだろう。よって、仮に、動物が文字という概念を持てたとしても、視覚的に認識できないのだ。
そう考えたら、何だか、うちの猫の猫田さんの行動が非常に理解できるような気がした。
猫の視覚を体験し、多くの物が文字で表現されている街という構造物は、人間が人間のためだけに作ったものなんだなぁと思った。瞳孔開きっぱなしで見る街という空間、つまり、文字の存在しない世界は、私の想像をはるかに超えた超異次元であった。
もし、猫の世界を体験したいという人がいたなら、眼科で瞳孔が開く目薬を点眼してもらうといい。そして、動物が感じる人間の作った街が、どのように見えるのかを感じてみるといいと思う。(まぁ、眼科の医師が、そんな理由で点眼してくれるかどうかは分からないが。)
ちなみに、瞳孔を開く点眼薬は、5時間くらいで効果が無くなるという話だったが、私は何度も点眼したからなのか、ちゃんと全てのものに焦点が合うようになるまでは倍の10時間かかった。今は、きちんとものが見えている。そして、昨日よりも猫に優しくしようと思ったりしている。