誰も書かない金継ぎの話(番外編:錆漆の扱い)

表面が多孔性の場合の錆付けについての質問を頂いたので、今回はそれを含めての回答編です。
なお、コメントで記載されていた、半磁器というのは(陶土と磁土を混ぜた粘土で、大抵は施釉してあり磁器とほぼ同一の物ですから汚れることは無いと思いますので)、おそらくウェッジウッドのジャスパーウェアのような拓器を指しているのではないかと思います。
また同様に、素焼きは(800度前後で焼いた縄文式土器や弥生式土器のような器のことなので)備前焼や古い信楽焼のような焼締め陶器を指していると思います。
いずれも表面が釉薬でコーティングされていない陶磁器ですので、今回は、そういった器の場合という前提でお話させて頂こうと思います。
それから、毎度のことですが文章は以下、個人的わがままにより常体となります。
ジャスパーウェアーやカセのある備前焼、あるいは古陶でよく見る自然降灰の無い山茶碗のような、無釉の器の修理は、汚しやすいという点で高難度の器だ。
逆に、常滑の朱泥の急須や、中国の紫泥の茶器など表面が磨かれているの器は、無釉でも錆付けで汚すことはまずない。(錆が付かないという点では、むしろ難易度が高いわけだが、それについてはまた機会のあるときにでも。)
どちらも無釉の器だが、汚れるケースと汚れないケースがある。違いは表面の多孔性だ。要するに、細かい孔がたくさんあるものは漆が入ると取れないため、どうしても汚れとして残ってしまう。
こうした器の場合は、まずは何よりも大切なのは「汚さないように作業する」ことが一番大切だ。
よくマスキングテープを使用して、必要箇所以外を被覆する方法を記載した金継ぎのハウツー本を見るが、実はマスキングテープの使用は陶磁器によってはあまり好ましくない(というか、本当は使わないのが一番良い)。
理由は「糊残り」があるからだ。糊残りは、テープの接着剤が器の表面に残ってしまう現象で、後々、それが器の汚れの原因になってくる。マスキングテープの中には「糊残りがありません」と書かれたものがあり、私もそういうテープを使うようにしてはいるが、実際の所、糊残りが全くないというテープは存在しない。わずかでも糊は残る。指触で分かるほど残るか、顕微鏡レベルで残るかという量の差だけだ。ただ、マスキングテープの糊は基本的に水溶性あるいは温水溶性なので、施釉陶であれば、ぬるま湯などで洗い流すことは可能なのだが、やっかいなのは無釉多孔性の陶磁器だ。これに付着したテープの糊は、ゴシゴシ洗ってもなかなか取れない上、下手をすると孔の中に入ってしまい、さらに修理箇所以外に付着したゴミを取り込んだり、部屋の埃や作業中の手の油などを吸着して徐々に黒ずみがひどくなっていくことが多い。場合によっては、テープの跡がくっきりと出てきたりして、そうなると、もう泣くに泣けない。
よって、特に多孔性陶磁器の場合、テープを過剰に貼ることは厳禁だ。
では、多孔性陶磁器でマスキングをせずに錆を付けるにはどうしたら良いか、という話だが、簡単い言うと、少しずつ「付ける→抑える」を繰り返し、一度にたくさんの錆を付けないように心がけるのがポイント。付けすぎは百害あって一利なし、だと思った方がいい。
特に金継ぎを始めたばかりで慣れていない人は錆を使いすぎる傾向が強い。錆を使いすぎることの何が問題かというと、付けすぎて不要な錆を取り除く時に器を汚すのだ。取り除く量を考えずに足りないよりは良いだろうと付け過ぎるのは、初心者失敗あるあるのトップ3の一つだろう。(勿論、私も仕事を始めたばかりの頃は、多分にもれずこの失敗を何度もやった。)
今現在、私の場合は錆付けでマスキングテープは使っていない。使用するのは、ヘラ、長繊維綿棒、キムワイプの3点のみだ。
まずヘラについて。ヘラは、100円ショップで買った田楽串を二つに割り、先を紙やすりで研いでマイナスドライバー状にしたものを使っている。爪楊枝は材質的に弱いので、かなり細かい作業の時は竹串の先をドライバー状に加工して使うこともあるが、大体、田楽串で事足りる。
次に綿棒。これは「工業用の長繊維の硬巻きの木軸」という薬局では売っていないものを使っている。実験器具や精密機械の洗浄で使用する綿棒で、繊維が解れにくい特殊なものだが、入手が不可能な人には、薬局で売っているものならジョンソン&ジョンソンの綿棒が硬巻きで使いやすいのでオススメ。洗浄で使うわけではないので、これでも十分だ。私も工業用を買い忘れたときはジョンソン&ジョンソンを使うことがある。繊維の解れがない巻きのしっかりしたもので、紙など硬めの軸であれば似たような綿棒でも構わないと思うが、100円ショップのものは概ね巻きが弱く、軸もふにゃふにゃで使い物にならないので、少し高くても薬局で探すのをお勧めする。
最後にキムワイプ。キムワイプも同じように長繊維の特殊な紙で、解れにくいティッシュペーパーだと思って頂ければいい(鼻をかむのには使えないが)。理系の人以外でも、カメラ趣味の人は案外知っている人が多いと思う。実際、ちょっと大きなカメラ店では扱っているのを見るが、どうしても入手できない人は、スコッティのティッシュで代用してもいい。スコッティのティッシュは固めの紙なので鼻をかむには不向きだが、物を拭くのには最適だったりする。ちなみに、アレルギー鼻炎向けの柔らか系とか保湿系のティッシュは、繊維飛びが多く使いにくいので、少なくとも金継ぎにはオススメしない。
さて、実際にこの道具をどのように使うかというと、まずヘラに少量の錆を付け、欠損箇所に軽く乗せるように置いてから、綿棒でゆっくりと抑えこむ。これを繰り返して、少しずつ欠損を埋めていくようする。
欠損が広めの時は、綿棒ではなく、キムワイプで抑えることもある。
また、ヘラは出来るだけ先端を綺麗にしておくことが大切で、汚れてくると錆が取れなくなるので、こまめにキムワイプで拭く事が大切だ。
それと、大きめの欠けは一回でドカ盛りせず、積層させるように、何日かに分けて作業を繰り返す。(あまり間隔を開けると乾きすぎて錆が付かなくなるので、中1日程度を目安に。季節によっても前後するので、触ってみて、硬めではあるが若干しっとりしているかな?くらいが良いと思う。)
錆は乾きが進むと目減りするので、それも考慮して、積層させていく。
最後のところは、可能であれば、指で押して整えてやるのが一番いい。えぇ被れるから嫌だよ、と思う人がいるかもしれないが、漆というのは、そんなすぐに被れることはない。特に指先のように皮膚が厚い部分は間違いなく30分の猶予はあるので、指で押した後に、すぐに油で指先を拭いてやれば、まず問題はない。
前回、漆の研磨作業は、陶磁器を傷つける諸刃の剣という話をしたが、錆漆の加工は特にその危険が高いので、理想は研がなくても良い状態に仕上げるのが一番だが、実際のところ、そう上手くはいかないから、極力、必要最小限の研磨で済むように「慎重に盛る作業をする」のが大切だ。適当に盛って、あとでガリガリ削れば良いだろうとか考えてはいけない。少なくとも器が好きな人ならば。
加えて、多孔質の陶磁器では、基本的に水研ぎは行わない。空研ぎのみ行い、削り粉は、写真用のブロアーで飛ばすのが一番汚れにくい。かなり孔が深いものは、パソコン用の缶のブロアーを使うといい。
修理というのは、壊れた物を直す作業だが、同時に、物を作るクリエイティブで繊細な側面も併せ持つ。私は職人という言葉があまり好きではないのだが、修理もまた、高度な職人技が必要であることは間違いない。

3件のコメント

  • AGENT: Mozilla/5.0 (iPad; CPU OS 8_3 like Mac OS X) AppleWebKit/600.1.4 (KHTML, like Gecko) Version/8.0 Mobile/12F69 Safari/600.1.4
    丁寧でとてもわかり易い回答ありがとうございます!
    序盤の陶器の名称も、いろいろ勘違いしてたみたいで勉強になりました。感激です。
    早く実践してみて、「あー、なるほど!」という感覚を味わいたいです。

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10_10_3) AppleWebKit/600.6.3 (KHTML, like Gecko) Version/8.0.6 Safari/600.6.3
    速攻のコメントありがとうございます。
    水研ぎの件について書くのを忘れていたので、ちょっとだけ付け加えました。
    もし、不明な点などありましたら、またコメントよろしくお願いいたします。

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/43.0.2357.124 Safari/537.36
    ほほう、水研ぎをしないとは目から鱗です。
    塗りの面も、ということですよね。
    ブロアーというのはプシューと気体(空気?)が出てくるやつですか。もうなにもかもが、工夫に満ちていて脱帽です!
    これからも、ブログの更新楽しみにしております。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です