金継ぎで大切な研ぎ出しの話

そろそろ万年筆じゃなく、金継ぎの話をしようと思う。
というのも、家にある金継ぎの本を読み返していて気付いたのだが、漆の本では当たり前のように書かれている技術的な事が、何故か金継ぎではほとんど触れられていないことに気がついたからだ。
意図して書かないのか、予算の都合上ページを落としたのかは知らないが、結構重要な事項なのにほぼ100%と言っていいほど記載が無い。それが下地の研磨について。今回は、金継ぎでの研磨の話である。
漆芸の場合、研磨を「研ぎ出し」と表現するが、塗面は、刷毛目の出ない平滑面に研ぎ出して光沢や色合いを作り出すことが漆の味わいの一つである。視覚的観点の他、実用上も平滑であるほど汚れが落ちやすいとか、洗浄後の水切れが良いなどの利点を生むので研ぎ出し作業は重要だ。無論、高蒔絵や根来塗りなど、平滑ではなかったり、研磨を行わない方法もあるのだが(根来塗りの場合は実用することで表面が徐々に擦れて味わいを作ることを目的にしているので、最終的には持ち主が研磨しているようなものではあるが)、ほとんどの漆塗りは完成までに何度かの研磨を行って刷毛目を極力消していく。
金継ぎも、修理箇所は基本的に漆芸品であり、当然、修理方法は漆の技法下にあるので、仕上げまでには何度かの研磨を行う。しかも、金継ぎの場合、器に傷を付けず、かつ、漆を研ぎ出す必要があるわけだから、研磨にはそれなりの知識や技法体系が必須と言っても過言ではない。
ところが、何故か、その事の重要性が書かれている本は皆無だ。結果、世の中には、紙ヤスリで釉薬表面をガリガリに削られ、見るも無残な常態になった器が金継ぎの名のもとに量産されている。酷いものは、その傷を隠すために金を被覆するという、何のための金継ぎか分からない本末転倒な物まで存在する。
紙ヤスリのカーボンは、1500番以下のものは全て器に傷を付ける。1500番以上であっても、力を入れすぎれば釉薬は傷つき、ガラス面は曇ってしまう。そろそろ金継ぎをやるなら、紙ヤスリはダメと書籍でも書くべきなのだろう。
では、金継ぎの研磨には何が良いのか。そこで、漆の研ぎ出しについての基本知識。
漆を研ぎ出す場合、受講料の安いカルチャーセンターの講習は別として、基本は天然の物。もう少し詳しく言うと、木賊(とくさ)と木炭(研ぎ炭)と砥粉と骨粉を使用する。
使用する順番は、まず木賊。次に木炭。そして砥粉。最後が骨粉。
木賊は伐採したものを風通しの良いところで乾燥させてから、不要な麦漆や錆漆の研磨、漆塗面の最初の荒研ぎに使用する。
次に木炭。木炭には種類があり、硬さの違うものを使って徐々に表面を仕上げていく。もっとも木材の持つシリカの成分に大きな違いは無いので、正確には硬さというより密度の違いを利用する。代表的なものは「朴炭(朴の木の炭)」「駿河炭(油桐の木の炭)」「呂色炭(萵苣の木、エゴノキの炭)」。この順番で研ぎ出していく。
そして、砥粉で研磨の傷を完全に消してから、骨粉(鹿の角の焼粉)で光沢を出す。ちなみに朴の木の幹は研ぎの最初に使うが、葉は仕上げで使用する研磨材だ。(私は使ったことが無いのだが)
金継ぎの場合、下地で使用するのは木賊と炭と砥粉。これらは極めて優秀な研磨道具で、木賊は研ぎ出しが紙ヤスリの120〜180番相当。研磨力が徐々に落ちるが目詰りは無く、紙ヤスリと比較すると段違いの使いやすさ。炭は800〜1200番相当、砥粉は1500〜2000番相当。目詰りは無く研磨力も落ちない優秀さ。しかも、木賊、木炭、砥粉はどれも(よほど力を入れなければ)釉薬のガラス面を傷つけることは無い。
ただし、上絵の金や銀を削る能力はあるため、金彩のある器の時には注意を要する。
実践的な話をすると、木賊は野山に行けば見つけることもできるし昔は結構、道端でも見かけたのだが、どうしても見つからなければ花屋で鉢植えで買うのがてっとり早い。一鉢2,000円もあれば買うことができるし、繁殖力がすごいので一鉢買って枯らさないように育てれば、研磨用の木賊に事欠くことはないだろう。
研ぎ炭については、特に漆で使う木炭はとても高価だ。この大きさでこの値段かよ、と思わずツッコミを入れてしまうほど高い(理由は、研ぎ炭を作っている人が少ないから)。漆芸の場合、対費用効果を考えればそれでも妥当なのだが、金継ぎは漆の塗面を直に見せる必要はなく、あくまでも金を蒔くための下地としての平滑性があれば良いので、ホームセンターのキャンプ用で売っている燃料用炭を買ってきて、これを加工して使ってもさほど大きな問題はない。漆用の炭は一欠片で1000円だが、キャンプ用の炭は一箱1000円。2種類買っても2000円で、趣味の金継ぎなら間違いなく一生、炭には困らない量である。炭は密度が均一になっていそうな物を選別してから、使いやすくするため刃物で削って形を整え、砥石で表面を整える加工が必要なので、実際は購入したもの全てを研磨に使えるわけではないのだが、それでも一生分はあるだろう。加工で出たクズ炭(使える炭なのでクズという表現は適切ではないが)は、サンマを焼いたりバーベキューに使えば一石二鳥だ。燃料に使えないような粉末は小袋に入れて臭い取りに使う事が出来る。無駄なしだ。
砥粉もホームセンターに売っているもので十分で、漆芸の研ぎ出しは菜種油と混ぜてから木綿の布で磨く。だが、金継ぎでは、それほど広い面積を研磨することはまず無いので、私は、修理で使った錆漆が余った時に、それを固めて乾かしてから砥石で形を加工したものを水研ぎで使っている。小さい面積なら粉で使うよりも使いやすいのではないかと思う。
炭の加工については、動画サイトなどで「駿河炭」などで検索して見て頂く方が分かりやすいだろう。
趣味で金継ぎをするなら、納期や催促は無いのだから、できるだけ陶磁器に優しい研磨剤で時間をかけてしっかりと行うべきだ。趣味だから適当な道具と技術で構わないと考えるのは趣味とは言わない。アマチュアだからこその至高の精度を目指してほしいし、その最も重要なタームが、研磨だということを忘れてはいけない。
<補足>
研ぎ炭での研ぎ出しは、炭が摩耗して水が黒くなる。木炭の粒が大きいので貫入に入って貫入染めをしてしまうことはまず無いが、焼き締め素地。特に白い器の高台など、素地が露出している部分は素地に沈着して汚してしまうことがあるため、無釉部分での研ぎ出しは十分に注意する必要がある。明らかに汚す時は、釉薬を傷つけるなどの心配は無い箇所なので、フィニッシングペーパーという水を使わない紙ヤスリを使うのがベストだと思う。
<補足2>
一箱の木炭でも多すぎなのに違う種類を二箱買ったら手に負えませんという問い合わせを頂いたので。
雑木の燃料用炭は、焼き方にムラがあるため、慣れてくれば持っただけで硬さの違いを選別できるのだが、面倒であれば、着火して燃やして柔らかくしてしまうという方法はある。
使わなくなったフライパンに新聞紙を丸めて乗せ、その上に小さめの木炭を置いて着火させる。炭が着火したら(火がもったいないので魚でも焼いたらいいと思うが)、火がが消えるまで待ち、燃え残ったものを洗えば柔らかい木炭になる。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です