金継ぎ新刊の感想の件の追記

極稀に、講習会では一言もブログの話などしていないにも関わらず、どこから調べたのか、このブログを見付けて感想を直接話して下さる人がいる。見て分かる通り、このブログには殆どコメントが付かないため、このようにわざわざ調べてブログを読んだ上、感想を言っていただける人は非常に貴重だ。大抵はその場で終わる程度の話なのだが、これも極稀に、五臓六腑に染みわたる内容もあったりして、先日記載した新刊の「金継ぎのすすめ」のレビューについても、どこが問題かをきちんと指摘した方が良いというアドバイスを頂き、これが五臓六腑に染み渡った。まぁ、確かに他人様の商売にも関わることだし、はっきり問題有りと書くのも良くないだろうと心のどこかで考えていた節があったのは確かなわけで。しかし、気になる人がいらっしゃるなら、やはりそこはきちんと指摘しておくべきなのかもしれない。というわけで、今回は、何箇所かについて記載しようと思う。(全部指摘するほど時間が取れないので、概ね気になったことだけにします。)
では、さっそく問題の箇所だが、上にも書いた通り結構多い。これは、私のやり方と違うという個人的な話ではなく根本的にというか、明らかに原理的な間違えがあるのだ。おそらく、それでも上手くいっているから結果オーライということなのだろう。ただし、前のブログにも書いたが、この結果オーライは金継ぎっぽい処理においてオーライということで、金継ぎ(つまり実用的な修理)においてはオーライにはならない事だと思う。
まず、「接着断面は必ず漆を焼き付けるべし」という箇所。木材のように多孔質で吸水性の高い断面の場合、(このブログでも記載したが)非加熱の麦漆は網目状のグルテン繊維と漆が分離しやすいため、漆だけが多孔に吸収されてしまい接着断面に残りにくく、最悪、接着出来ないということがある。そこで目止めとして、一度、漆を吸収硬化させる必要がにあるわけだが、これはあくまでも多孔性の木材の話。おそらく、この金継ぎを教えている人は、この木材の接着法を陶磁器にも応用していると思われるが、低温焼成の素焼きなど極めて吸水性の高い素地の修理など、特殊な条件でない限り目止めをする必要はない。また、陶磁器に漆の焼付け修理はリスクが高いという話は以前のブログにも書いた通り。しかも温度の安定しないロウソクの炎を1,2分当てるというのも、漆の加熱による物性変化を知っている人であれば、それはちょっと…と言わざるを得ない。
また、最大の問題は断面に漆を焼き付けることで「麦漆や錆漆を定着しやすくする」という記載。これは大きな勘違い。むしろ虚偽と言っても良いレベル。漆は硬化することで極めて堅牢で安定した皮膜を作る。それゆえ、漆器は米や煮汁が付着しても水で洗うことが出来るし、耐熱耐水になるわけだ。つまり、硬化した漆の表面は非常に物が付着しにくい。漆器でも、使っているうちに金の蒔絵を施した部分だけが取れてくるという経験があると思う。理由は硬化した漆の上に描いた蒔絵は、素地と漆の密着力よりもずっと低くなるからだ。まして焼き付けた漆の堅牢性は自然硬化の漆よりも高く、当然、麦漆や錆漆の定着力は落ちることになる。もう少し詳しく知りたい方は(長くなるので、ここでは割愛するが)接着の「ぬれ」と「接触角」という専門用語で検索して調べると、より納得出来るのではないかと思う。
次に、これに付随する事項で、麦漆が乾きにくいとか錆漆が乾かなくなるという記載があり、この理由が厚みにあると記載されている。確かに錆漆は厚みがあると硬化が遅くなることはある。だが、乾かないのは別の問題だろう。つまり、漆の焼付けを行って完全に空気と接触する面を遮断してしまったことが最大の原因だと思われる。このブログでも何度か書いたが、漆の初期硬化には、酸素と水分および水分排出が絶対の必要条件になる。にも関わらず堅牢な漆面で遮断をすれば、それは硬化しなくなるのも当然だ。
そして、金蒔きの際の金粉の説明。金の丸粉を使う事に問題は無いが、丸粉には号数、つまり粉の大きさがある。その記載が全くされていない。更に「丸粉を使うと金が剥げにくい」と書かれているのだが、これも大きな間違い。丸粉は定着させるため丸粉の上から希釈した漆を重ね塗りし、粉の隙間を埋める作業が必要になるため定着力が増すのであって、丸粉そのものに剥げにくくなる要因は無い。ちなみに、陶磁器の金継ぎにおいては丸粉と消粉(金泥)にはそれほど差は出ない。では、何故、丸粉と消粉があるかというと、丸粉は球体の粉なので定着後に表面を研磨して平滑にすることが出来る。すると消粉に比べて光の反射が強くなるので金の輝度が高くなる。要するに見た目の違い。よほど大きな丸粉を使えば別だが、通常、陶磁器の金継ぎには大きな粒は使用しないので、研磨した丸粉の金の厚みは、消粉の厚みと大差ない。よって、剥げにくさにも大きな差は無いし、そもそも、陶磁器と漆の接着は基本的に相性が良くないので、金の下の漆面から根こそぎ取れてしまうことが多い。これについては、実際に自分で毎日使っている茶碗で実証しているので自信ありだ。
その他にも、錆漆の硬化はムロの有無ではなく器の温度管理の方が大切だとか、筆の運びはさっと引いてはいけないとか、ヒビの修理をする時にヒビを抉じ開けてはいけないとか、実はいろいろ指摘したい部分はあるのだが、その辺はやってみれば失敗してすぐに分かることなので、解説するほどでもないから省略する。
そういうわけで、金継ぎマニュアル部分については、不足や間違いが多い本なのだ。おそらく、金継ぎを教えた職人が全て間違えているということではなく、金継ぎをよく知らないライターさんが、職人が解説してくれなかった部分を自力で調べて追加するうちに齟齬が増え、締め切りが迫って職人に推敲を頼まないまま印刷されてしまうケースは多いので、そうした累積によって生じてしまった結果ではなかと思ったりする。特に誰が悪いということではなく。
まぁ、なかなかきちんと陶磁器の金継ぎを伝えられない私が、実は一番悪いのではないかと、考えることもできたりする。
だから、ほとんど人が来ないブログだが、それでも調べて見に来て頂ける人には、少しずつでもきちんと伝えなければいけないなぁと思って、今回のブログを書いた次第。

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