レビュー『金継ぎをたのしむ』と、金継ぎで使う筆について

「金継ぎの参考になる本ありませんかねぇ」というのは、たまに聞かれる質問だ。有るか無いかで言えば、無いことはない。つまり、金継ぎの本はあるが、どれも帯に短し襷に長しで、これを買えば過不足なしという本は無いと答えてきた。しかも悲しいかな、最近は漆を使わないとか、参考として漆の修理も書いてある程度の金継ぎ本が増えすぎだ。さらに、接着剤修理の本も接着剤の説明がほぼ皆無という酷さ。接着剤は販売数が多いので気軽に買えるが、決して気軽に使って良い物ではないのだが(特に食器への使用については)。正直、何故、こんな本を作るのかと不思議に思うものも少なくない。
だが、最近、かなり決定打に近い本を見つけた。「金継ぎをたのしむ 陶磁器・漆器ー大切なうつわの直し方」(黒田雪子監修:平凡社 1600円)。薄い本なのだが、写真が多く、道具の種類や漆の扱い方、そして修理方法が極めてシンプルで無駄な手順が無く実用実践的。本漆だけを使っている点も非常に好感が持てる。まず、どの本を買えば良いかと聞かれたら、間違いなく、これを勧めるだろう。
ただし、2点だけ気になることがある。
一つは、修理手順の説明は記載されているが、何故その手順なのか、という理由がほぼ記載されていない。理由が分からなくても手順通りにやれという職人気質がそうさせているのかは分からないが、そこが記載されていないと入門書としては片手落ちな気がする。
もう一つは、筆についての扱い方。もちろん扱い方が悪いというわけでない。というよりも漆の筆の扱いとしては極めて優等生的な使い方だと思うのだが、大切な道具なだけに説明不足が気になる。
手順の理由については、このブログでもちょいちょい書いているし、ここで全てを解説するにはあまりにも膨大なので追々何かの折に書くとして、今回は、筆について書いておこうと思う。ちなみに、私は美術予備校と大学1年の時には油絵を先行していて、予備校時代に「筆は消耗品なんだから、食費を削ってでも買え」という先生の言いつけを真面目に実行していた人間なので、豚、馬、羊、コリンスキー、セーブル、ナイロン等々、かなりの種類、かなりの本数を使ってきた。なので、どういう筆をどのように扱えば、使いやすい筆に仕上げられるのか、そして、長持ちさせることが出来るのかということについては一家言を持っている、部類に入ると思う。
まず、漆で使用する筆は何かということだが、基本的な漆筆は鼠の毛、つまり動物の毛である。購入当初は糊で固められていることが多いので、ぬるま湯に浸けて優しく揉みんで糊を流してから、乾いた布などで水気を取ってから椿油をなじませて穂先を整え、茶筒などに入れて保管する。使用する時には、筆に付着している油を拭き取り、漆と馴染ませて拭き取る作業を何度か繰り返して穂先を整え、使用後は、樟脳油で漆を溶かした後、椿油を付け、茶筒などに入れて保管するというのが一般的だ。(なお、別に樟脳油や椿油である必要は無く、樟脳油の代わりにテレピン(松の油)や無水エタノール、椿油の代わりに料理用のサラダ油が使わたりもする。大切なのは、漆を溶かすために「揮発性油(溶解力の高い)」、保管時に毛先を保護するために「不乾性油(重合して固まらない)」を使用するということだ。この他に「乾性油(重合して固まる)」という油があるのだが、これは油絵では使用するが金継ぎでは使用しない。)
さて、そこで、本で使用されている筆の話なのだが、上記のように筆を扱うのは、2つの条件が一致する場合に限られる。「1.使用頻度が高く」「2.天然毛が使われている」場合だ。髪の毛が枝毛になるのと同じで、天然毛の筆は乾燥すると傷んできて質が落ちてくる。それを防止するため洗浄後に油を付けて乾燥を保護するわけだが、当然、油の鮮度が筆先に影響するので使用頻度は考慮する必要がある。また、この本では(筆についての詳しい記載が無いので、あくまでも写真判断になるが)ナイロン毛あるいはナイロン混合毛の筆が使われているが、天然毛と合成毛が同じ処置として纏められている。
では、「天然毛と合成毛」および「使用頻度」の違いで、どういった筆のケアーが変わってくるのかということだが。
使用頻度が低い天然毛の場合は、揮発性油で漆を落とした後、さらに石鹸(あるいは台所用洗剤)で穂を洗い、最後に洗髪で使用するトリートメントを付けて洗い流し保管するのがベスト。使用頻度が高ければ油は毛の保護に有効だが、長期保存には向かない。特に趣味で金継ぎをする人は、それほど使用頻度は高くないはずなので油は流してトリートメントで保護する方がが有効だ。
次に、合成毛(ナイロン毛)の場合。合成毛は石油から作られた繊維を使用したもので、天然毛のように表面のキューティクルが乾燥の影響を受けることは無いため、油でコーティングする必要はない。そのため天然毛と同じ処理をするのは逆効果。合成毛は、揮発性油で漆を落とした後、石鹸で穂の根本までよく洗ってから乾燥させればOK。使用頻度に関係なく、油やトリートメントは付けずに乾燥させるだけで良い。
金継ぎで自分が使用する筆が天然毛か合成毛か、使用頻度が高いか低いかによって筆の処理は違ってくる。筆は仕上がりに直結する道具なので、多少ページを割いても入門書としては必要な要素だと思う。
ちなみに、私が使用している筆は100%ナイロン、つまり合成毛を使用している。理由は、陶磁器、特に焼き締めの器の場合は穂先への負担が大きいため、年に300個前後の修理をするには高価な漆筆(最初の頃は1本6000円程度のものを使っていた)ではコストパフォーマンスが悪く、高品質低価格な筆の方が良いという判断から。
天然毛や合成毛など近所の画材店で買える筆(漆筆よりも高価な筆は除く。もっとも漆筆よりも高価な筆はほとんど無いが)は殆ど試したが、現在は、細筆が、ATHENA(アシーナ)社のLovia(ラヴィア)スクリプト7300シリーズの#5/0、中筆が同社のLoviaラウンド7200シリーズの#2および#4を使っている。概ねこれで事足りるが、一応、平筆としてLovia7000シリーズの#2と#4も稀に使用する。どれも1本500円くらいである。

2件のコメント

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10.5; rv:12.0) Gecko/20100101 Firefox/12.0
    金継ぎ初心者です。漆の硬化など実験を主とした結果に基づいて、実証的に考察されている姿勢がとても好ましく、愛読しています。黒田雪子さんの本を買いましたが、まったく同じ疑問を感じました。文章に論理を感じず、感性だけで書かれています。私は理系人間で研究者ですので、納得がいかない作業は金輪際したくありません。その点、光琳漆、MR漆などは、データの上から納得できました。
    一点、お伺いします。漆の硬化をするラッカーゼは漆の凍結融解で、酵素活性が劣化するでしょうか。金継ぎ初心者ですので、一回にもちいる漆の量はごく僅かです。漆はゆっくりと硬化していくでしょうが、冷凍庫に分注保存できれば、経済的かな、という程度です。プロの金継ぎの方は、このような必要性には乏しいでしょうが、もしこれまでの経験でヒントなどおありでしたら、ブログ上でいずれ公開していただけるとありがたいです。あえて実験をしていただく必要はありません。

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10_8_5) AppleWebKit/536.30.1 (KHTML, like Gecko) Version/6.0.5 Safari/536.30.1
    コメントありがとうございました。
    愛読して頂いているとのことで、(閲覧者皆無だと思っていたので)とても嬉しいです。
    漆の硬化について、気づいたことをブログに記載しましたので、よろしければご一読下さい。

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