糊漆と麦漆(その3:陶磁器用 多用途接着漆の話)

すぐに追加しますと約束したので書きました。前回の続き。
そういうわけで、糊漆と麦漆は『陶器の素地を見て使い分けるのが得策』ということで一段落したが、最近の接着剤にもシリル化ウレタンや変性シリコーンなどを利用した多用途接着剤があるのだらから、接着用漆にも、多用途なものがあってしかるべき、という考えはすぐに浮かぶ。特に金継ぎを仕事にする場合、別々の人からの依頼が同時期にドサァッと来ることも多く、そのためいろいろな種類の器をまとめて直すのは全く珍しいことではない。全部が同じ種類の器であれば問題はないが、そうそう上手くはいかず、磁器と陶器(さらには素焼き土器やヨーロッパの低火度陶器など)が一緒になることも少なくない。糊漆と麦漆を両方作ると無駄が多くなり、貴重な漆も勿体無い。よって、多用途接着漆のニーズは私にとって必然の物なのだ。
さて、ここで、糊漆と麦漆の作り方の話に一寸だけ戻ろう。
糊漆は、米のデンプンの糊化を利用するわけだが、この時に大切なのは吸水したデンプンを加熱しないと糊化の変化は起きないということだ。つまり、糊漆に使う米は、必ず加熱したものを使わなければならない。
一方、麦漆に使う小麦のグルテンは、小麦に加水して練ることで、たんぱく質が繊維となって絡み合いグルテンの粘りを生むため加熱の必要が無い。そのため非加熱で作ることが普通だ。
従って、根本的な成分の違いより作り方が異なるわけだ。
が、ここで着目すべきは小麦の成分。
小麦の粘りは先の通り、たんぱく質から生成されるグルテンによるものだが、実はこのたんぱく質、(薄力粉〜強力粉で率が異なるが、概ね)小麦成分の10%前後に過ぎない。では、残りの成分は何かというと、ほとんどがデンプンなのだ。よって、非加熱で作る麦漆には、接着補助になっていない結構大量な未糊化のデンプンが含まれていることになる。逆に考えると、このデンプンを糊化させれば、小麦を近似100%接着成分として利用できるのではないか。しかも、それは糊漆と麦漆の混合体に等しい(かもしれない)。そう、小麦を加熱すれば多用途接着漆の有効な補助剤を作ることが出来るという算段。
で、結論を言ってしまうと、予測通りで、非常に強力な接着漆を作ることができる。ただし、小麦デンプンは米デンプンに比べると糊化の粘りが若干弱い。だが、この場合、初期保持力はグルテンで賄えているため、むしろ糊化したデンプンは余剰漆を取り込んで素地浸透をさせないため役割が大きく、その粘着性としては十分に有能だ。
さて、ここまでは飽くまでも理論。僻地ブログをわざわざ読んで頂いている方に大切なのは、では、実際にどうやってこの多用途接着漆を作るか、どういう風に使うのかという話だと思う。
私は基本的に企業秘密という情報保持は、金継ぎ黎明期の現在には不要と考えている人間なので、以下にその多用途接着漆の作り方も記載するが、ここから先は、まだ確定事項ではない。おそらく、まだ発展の余地はあると私自身は考えているので、作り方を実践する方は、それを踏まえた上で試したり改良したりして頂きたい。(もっと良い方法が見つかったら、教えていただけると大変有難いのですが。)
混合する比率だが、いろいろ試した結果、今のところ1.2倍の法則というのが適当な気がしている。分りやすく言うと、基準1のAに対して1.2倍のBを加えるという方法で、概ねこれで失敗が無い。
まず、小麦粉(私はグルテンの粘着力を最大限に利用したいので強力粉を使用)を1。それに対して重量比1.2倍の水を加え、少し置いてから軽く混ぜる。混ぜ過ぎるとグルテンが形成されて加熱むらが発生するので、あくまで粉が吸水すれば良いという程度。
次に、それを加熱する。デンプンは糊化すると色が白から半透明に変化するので、全体が半透明になったところで火から下ろして冷却をする。
温度が40度以下(漆の酵素活性が死なない温度)になったら、この加熱した小麦の1.2倍の重量比の漆を混ぜて、ダマが無くなるまで良く練ったら出来上がりだ。漆の比率はもっと多くても良いのだが、あまり多いと初期保持力が低下するので、この程度が扱いやすいと思う。
ちなみに、この多用途接着漆はサランラップで密閉して保管すれば常温でも1ヶ月くらいは腐らずに使うことが出来る。私の場合、それ以下で使い切ってしまうため1ヶ月と書いたが、案外、もっと使えるのかもしれない。
そして、ここからが大切なのだが、この多用途接着漆は、破損箇所に塗ってからすぐに接着してはいけない。塗って5分~30分(季節により異なる)くらい静置し、表面の濡れ色が無くなった時に(濡れ色が分からない方は、指で軽く触るとペトペトはするが指に漆が付かない程度を目安に)圧着させる。タイミングが難しいが、バッチリなタイミングで接着できると、テーピングをしなくても形を保持することができる。無論、器の重さや破損形状によってはテーピングしたほうが良い場合は適宜行うべきだが、破片が小さいものだとテーピングしにくいため、テーピング不要は案外重宝する。
よほど大きなものや複雑なものでない限り、2日後には次の作業に入ることができる。(芯まで硬化するには1ヶ月以上はかかるため、あくまでも硬化しているのは表層だけなので注意。それでも片手で持っても壊れない程度の強さはあるけども。)
これで、接着用漆の話は一応の終了だ。先にも書いたが発展途上の技術(もう少し水分を減らせないか?とか、いろいろ考えていることはある)なので、完成形ではないが、土器~磁器まで、多用途で接着力も強いのは間違いない。
また、何か大きな進展があったときには、続きを書きたいと思う。
あ、そうそう。最後になってしまったが、多用途接着漆と仮称してきたけれど、それ以外に良い名称があったら、コメントとかメールで教えて頂けると助かります。

3件のコメント

  • AGENT: Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/6.0)
    グルテンの粘着力を最大限に利用したいので強力粉を使用・・・するのであれば、いっそ「グルテン粉を使う」というのは乱暴ですか?

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10_8_3) AppleWebKit/536.28.10 (KHTML, like Gecko) Version/6.0.3 Safari/536.28.10
    コメントありがとうございます。
    グルテン粉の使用は、2007年から実践投入をしており、混合比率もブログで公開しておりますので、よろしければご覧下さい。
    http://nekotani.lix.jp/diary/index.php?e=135
    http://nekotani.lix.jp/diary/index.php?e=137
    http://nekotani.lix.jp/diary/index.php?e=146
    http://nekotani.lix.jp/diary/index.php?e=196
    また、グルテン粉のみの使用では「糊漆と麦漆 その2」で記載した通り、グルテンの繊維としての性質上、接着が面でなく線になり、また、グルテンと結びつかない漆が、吸水性のある陶器素地では吸収されて接着に利用されないという欠点がありました。
    それを回避するため、小麦に含まれるデンプンも利用するというのが今回の主旨になっています。
    なお、硬質白磁やせっ器、最近の高密度陶器などの吸水性の無い素地に対しては、グルテン粉のみの使用は非常に有効です。

  • AGENT: Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/6.0)
    さっそくのレスポンス、恐れ入ります。
    以前のブログを、興味深く拝読させていただきました。
    グルテン漆の特徴や「修理用漆の混合比」等、惜しげなく
    記載していただき、大変参考になりました。
    ありがとうございました、お礼申し上げます。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です