糊漆と麦漆(その2:金継ぎに向いている接着漆は?)

最近、やるやる詐欺の兆候と自覚すら覚え、さらに、その自覚で夜中に落ち込むという悪循環が体に変調を生みそうな勢いなので、いい加減、金継ぎで使う糊漆と麦漆の話の続きを書こうと思う。とは言っても、実は、ある程度の結論が出た後に、いろいろとそこから進展した部分もあり、その進展部分が更に進行中といった感じで、果たして何処まで書いたら良いかという迷いもあったりする。まぁ取り敢えず今回は適当な一区切りまで書こうと思う。
まずは、前回のおさらいから。
接着用漆には、糊漆(米のデンプンを利用した漆)と麦漆(小麦のグルテンを利用した漆)の二種類がある。そこで「接着漆には、何故、デンプン利用とグルテン利用の二方法が存在するのか」「金継ぎにはどちらが良いのか」という疑問が生じた。いろいろ調べたが、適切な回答が見つからなかったため、自分で結論を導くことになる。
この接着漆を考える時、大前提として重要なのは、硬化すれば高耐熱耐水である漆は単味で使用しても十分な接着剤になり得る。また、米や小麦は共に乾燥して耐熱、耐水になるが、湯に接する(熱と水が同時に作用する)と軟化する、つまり、接着の効果が弱まる欠点があり、金継ぎを実用のための修理とする場合、食器が湯と接する機会を無視することは出来ないため、あくまでも米や小麦は補助的な役割と考えるべきだ、ということ。
つまり、米や小麦に漆を混ぜるという発想ではなく、漆に米や小麦を混ぜるという考え方が、実用金継ぎでの接着用漆の基本的な考え方になる。
補足しておくと、デンプン糊(米だけで作る糊)や盤石糊(小麦だけで作る糊)も、書物や家具の接着剤としては昔から使われる伝統糊なので、接着力は強い。だが、書物や家具は耐湯性を考慮する必要は無い。そこが、陶磁器の接着とは異なる部分だ。
という、ここまでが、前回の話の要約(のはず)。そして、今回の話しに移る。
では、米や小麦は接着漆の何を補助しているのか、というと(これは前回も触れたが)「初期保持力」だ。要するに、メインの漆が力を発揮するまでの前座としての役割を担うのが米や小麦。言い換えれば、漆よりもベタベタしており、漆の硬化が進むに従い、「お後がよろしいようで」と良い引き際を持っていることが求められる。
ならば、その視点でデンプンとグルテンを比べてみれば良い(はず)。
結論から言えば、小麦グルテンの方がその点では優秀だ。
まず、粘性がデンプン糊よりも非常に強い。
そして、漆に対しての使用比率が少なくて済むというメリットもある。実験した限りでは、漆10に対して小麦3〜4(重量比)で適切な麦漆を作ることができるが、同様の粘着性にするために、米は6〜7が必要になる。つまり、同じ初期保持力を作るのに米は小麦の倍の量が必要になり、相対的に主剤となる漆の量が減ることになる。
また、米や麦は粘性を作るために水分を必要とするので、補助剤が多いほど、接着漆の水分保有量も多くなってしまう。漆の初期段階の硬化には水蒸気、つまり水分を必要とするが、硬化に利用された後は不要水として取り除かれないと逆に漆の硬化を阻害してしまうため、接着漆が大量に水分を保有すると非常に硬化するまでに時間を要したり、硬化不良で接着剤に不適となることもある。漆器のように素地に吸水性がある素材ならば不要水をあまり意識する必要は無いが、陶磁器はそれに比べるとほぼ吸水性は無い(磁器は吸水率0%)なため接着漆が保有する水分量には気を配る必要がある。
以上の事から、麦漆の優位が考えられる。
だが、陶磁器修理の接着漆が難しいのは、それで即、麦漆の勝利と安易に決められないところだ。
というのも、小麦の粘着性を産むグルテンは、米のデンプンよりも乾燥硬化後に湯に接した際の軟化(戻り)が早い。これはパスタを茹でるのと米を炊くのでは、どちらが早いかと考えれば分かりやすいと思う。
その違いは接着漆でも同様に表れる。糊漆と麦漆をサランラップに乗せて十分に硬化させ、その後、熱湯に10分ほど入れると、糊漆に変化は無いが、麦漆はめくれを生じることがある。硬化した状態を顕微鏡で見ると分かるが、糊漆は隙間のない面で硬化するが、麦漆で粘性を作っているグルテンはタンパク質繊維なので網のようなの線で硬化する。おそらく、それが接着漆としての戻りの早さにも影響していると思われる。
話がややこしくなったので整理しよう。
米はデンプンの糊化によって粘性を生じ、糊漆に使う必要量が多めになる。湯に接して軟化するまでの時間は長い。
小麦はグルテンによって粘性を生じ、麦漆に使う必要量が少ない。湯に接して軟化するまでの時間が短い。
ということになる。
そして、もう一つ、大切なことがある。それは、浸透性だ。接着面に残る漆の量は接着力に比例するので、浸透の差は接着力に大きく影響する。
糊漆の場合、使用するデンプン糊が多く、また糊化したデンプンは漆と混ざるため、浸透性のある素地(例えば素焼きの土器)に塗っても表面で固着し浸透しにくい。
麦漆の場合、グルテンによるタンパク質の繊維と漆はある程度結びつくが、小麦の使用量が少なく、また線的結合のため、漆の多くはグルテンと結びつかず、浸透性のある素地に塗るとグルテンを残して浸透してしまう。(ちなみに、浸透しない素地の場合は、接着後しばらく置くと、漆が外に滲み出てくる。)
ただし、逆に考えると、浸透性の少ない(あるいは無い)素地の場合、デンプン糊は厚みで接着誤差が出たり(いわゆる間持ちする)糊の水分過多で硬化不良を起こす危険が高いのに対し、麦漆は誤差が生じにくく糊よりも使用水分が少ないため硬化不良を起こしにくい、ということになる。
以上が糊漆と麦漆の違いだ。そこで、ここから得られる結論は以下のように考えることが出来る。
糊漆は、素地の浸透性が高く、湯に接する事の多い器の修理に向いている。(余談になるが、漆器の修理で糊漆の使用が多いのは、木材がこの素地と似た性質だからだろう。)
対して、麦漆は、素地の浸透性が低く、湯に接しない、あるいは接する時間の短い器の修理に向いている。
具体例を出すと、焼成温度が低い古陶や、楽焼茶碗の修理は概ね『糊漆』が向いており、磁器あるいは素地が緻密な近年の陶器の修理は概ね『麦漆』が向いている。
要するに、個々の接着漆の性質により使い分けるのが得策ということになる。
と、これが一応の結論なのだが、賢明な方ならお気づきの通り、では、米と麦を混ぜて使えば万能になるんじゃないかと思うだろう。実際、混ぜて使うという人もいるようだが、最初に記載した通り、米や麦はあくまでも補助剤であって、混ぜてしまうと、より漆の比率が下がってしまうし、デンプンやグルテンが増えると夏場に腐りやすいこともあり、私としてはお勧め出来ない。
だが、混ぜなくても万能で使える接着漆は作れないものか?と考えるのは当然だろう。そして、実は、今のところ、ほぼ万能と思われる接着用漆を作れることに気が付いた(というか、もう実践投入している)。分かってしまえば簡単な事なのだが、作る時の比率が微妙で、扱いも少しだけ面倒という問題があり、誰にでも勧められるかというと微妙ではあるのだが。
おっと、かなり長くなってしまったので、今回はここまで。別にもったいぶっているわけではないので、近いうちにすぐに追加します。

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