錆漆の混合比率

極稀に、錆漆(さびうるし)の質問を頂くことがある。ほとんどが「固まる時と固まらない時があり何が悪いのか分からない」という内容。趣味で金継ぎをやっていると陥りやすい失敗なのかもしれない。何かの参考になればということで、ここに書いておこうと思う。
その前に(錆漆って何?という人が読んでいらっしゃると困るので。まぁ普通、そういう人は読まないと思いますが)、錆漆は、鉱物粉(砥粉または地の粉。砥粉は砥石の粉末、地の粉は七輪など耐熱物を作るために使う珪藻土の粉末)を入れた下地用漆を言う。金継ぎの場合は下地用というよりも、むしろパテとして使用する。キメの細かさと堅さを考えて、私は陶磁器に対しては砥粉だけを使用し、地の粉は使っていない(よって、以下、鉱物分は砥粉と記載)。
錆漆は大別すると、漆と砥粉と水を混ぜた「本堅地(ほんかたじ)」、漆と砥粉を混ぜた「本地(ほんじ)」、漆に砥粉を蒔く「蒔地(まきじ)」の3種類があるが、蒔地は塗り用の技法でパテには使えない。その他に、いろいろな材料を混ぜる人もいるようだが、硬度や耐熱水性の低下、さらに素地との相性で経年により反りが出て剥離し始めるなどの危険が大きいため、実用を前提とした金継ぎの場合、他の材料を入れることは避けたほうが良いと思う。
なお、本地は厚みが出ると硬化が極端に遅くなること、完全に硬化すると非常に硬くて削り加工が大変になる(道具が刃こぼれする)などの理由から、現在はほとんど本堅地のみ行われているそうだ。日本刀用の砥石は、漆と砥粉だけの混合物らしいので、そこからも本地の硬さが推測できると思う。
ちなみに、硬化時間に関しては、私が試した限り、硝子板に3mm厚で盛って、同条件で硬化するまで(裏側から見て変色が止まるまで)を確認したところ、本堅地は夏場であれば最短1日。本地は最短で6日で次の作業が可能な程度まで硬化する。厚みが薄くなると本地の硬化時間はもう少し短くなる。
さて、ここから本題の錆漆が固まらない理由だが、十中八九、混合比率が一定していないために起こる問題だと思う。多くの説明書では、混合の際に、計量値ではなく見た目の体積比(要するに目分量)で説明をしており、きちんとした比率が記載されていない。失敗したり、作りすぎたりして漆を無駄にするくらいなら、面倒でも、何らかのかたちできちんと計量し、適量を作るべきだと思うが、たぶん、漆は天候によって性質を変える難しい素材だから計量は意味が無いとか何とか言う職人の話を鵜呑みにして、計量についてのツッコミを入れずに本を作っているのではないかと思う。まぁ、それはさておき、私は、金継ぎの場合、一度の作業で作る量を考慮すると(ほとんどは1〜2g程度)、体積比よりも少量での計測値に正確性を保てるだろうという理由から重量比を用いている。
では、確実に固まる比率は何処かというと、試した限りでは、漆:砥粉=1:2.75(重量比)がボーダーのようだ。(ただし、1:2.75はシビアな数値なので、作る量が少ない場合は水分混入も考慮した上で、1:3が良いのではないかと思う。硬化結果はあまり変わらないので、私は1:3で行うことが多い)。この比率よりも漆の量が増えると固まらなくなるということだ。正確には相当に時間をかければ硬化するのかもしれないが、納期が決まっている仕事の場合、それ以下の比率では仕事にならない早さでしか硬化しない。(固まるまで待ったことがないので何とも言えないが、少なくとも1ヶ月は固まらない。)また、漆の量が増えると硬化時、表面に漆が浮き、それが縮れシワになる不具合も起こる。なお、逆に砥粉の比率が増えると硬化はするがパサついて耐水性が落ちてくる。
しかし、漆器の下地ではなく修理のパテにすることを考えると、漆と砥粉を混ぜても砥粉に可塑性は出ないため、可塑性を生むために水分が必要になる。水分添加量は多いと硬化が早くなる利点があるが、あまり多いと収縮率が高くなるし、硬化後の硬度も極端に落ちるため、結果として剥離の危険が出てきてしまう。では、最適な比率は?ということになるが、そこで陶芸の情報が鍵になる。砥粉は磁器素地として砥粉を使用し、陶芸原料では陶石に分類することが出来る。つまり砥粉に水を加えると焼き物を作る下地にすることが出来るわけだ(実際にはロクロを挽く時の粘性を補完するため粘土を加える)。この時の水と砥粉の比率はおおよそ35:100(=1.05:3)で、この比率は錆漆を作る時にも利用できる。砥粉と水の比率は、3:1になる。ただし、これは焼き物としての比率なので、液状の漆を混ぜることを考慮すると、水の比率はもうちょっと少量になる。では、どこまで減らすことが可能かということだが、試したところ下限は3:0.5だった。これ以下になると可塑性が失われてしまう。
よって、『漆:水:砥粉=1:0.5:2.75 〜 1:1:3』が錆漆(本堅地)の基本比率ということになる。この比率だと3mm厚の硬化は夏場で最短24時間になる。
本地の場合は前述の通り、漆:砥粉=1:3になるが硬化に時間がかかるため、どうしても強度が必要であれば本地で全部を作るよりも、水分少なめの本堅地で形を作り、最後に本地のコーティングをしても(1mm以下であれば2,3日で次の作業が出来る程度に硬化する)、よほどの硬度を必要としない限り、実用上、それほど違わないようである。
一応、書いておくと、一度修理した器を落として、また壊してしまったので再修理したいという依頼を何度か受けたことがあるが、上記の混合比で作った錆漆の部分は全く壊れることなく、作り直さずにそのまま修理に使うことも出来たので、硬度および耐衝撃性はかなりのものだと思う。
それから、本地の混合は、かなり硬練りになるため、綺麗に塗るには技術が必要だということは付け加えておく。
【補足】
「器が湿っていないこと」「錆漆がきちんと練れていること」の基本が守られている場合において、上記の比率が有効と付け加えておく必要があった。器が湿っていたり、錆漆の練が不足していれば、当然、場所によって比率が代わり不均等になるため固まらなくなる。

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