講習会資料のコラム

糊漆と麦漆の話をすると言っておきながら、完全に放置している。一応の試験はやっていて、おおよその結論も出ているのだが、それをまとめる時間がとれない。本当に、申し訳ありません。
(猫田さん見てるほうが癒されていいというご意見もありましょうが)あまり、猫田さんの日記で間を繋ぐのも申し訳ないので、陶芸家向けの金継ぎ講習会で配っているプリントに私が書いたコラム(第3回と第4回分)をコピペしておこうと思う。
まぁ、このブログでは何度も散文している内容だが、一応、きちんと纏めているので、無駄に長くなく読みやすくなっていると思う。
第3回コラム「技法としての金継ぎを考える」
第一回の始めに「金継ぎには、実用修理と保存用修理の2つの技法がある」という話をしました。これについて、もう少し詳しく記載しておきます。
金継ぎはこれまでずっと漆職人によって行われてきました。つまり、金継ぎというのは、ほとんどが木材漆器の塗装や装飾技法の転用です。そのため、現在行われている金継ぎの多くは「被覆する金の美しさに視点が偏りがち」「木材用の技術が陶磁器にどこまで有効かという検証がほとんど行われていない」といった問題点を有しています。
古来よりの金継ぎによる陶磁器が残っているため確かに修理は有効だと考えられますが、そうした陶磁器は年に数回しか使わない茶器や、博物館に収蔵された物品であり、じつは「保存としての有効性」の実証にしかなりません。
頻繁に食材と触れたり、洗浄で擦られたり、湯水により温度の変化を受けるハードな使用環境下で、つまり日常使用において陶磁器の金継ぎがどこまでの耐久性を得られるかについては、ほとんど検証が行われておらず、また、それによる技術や理論の体系化すら無いのが実情です。さらに、近年に開発されている磁器(セラミック)や御影土などの素地体や、金属混入によるマット釉薬については、金継ぎの材料でどこまで強度を得られるかについての、保存的側面、実用的側面それぞれの検証は全く行われていません。
どんなに金を磨いて光沢を出したり、金が剥がれないように漆を重ねて被覆を行なっても、今の技術では、釉薬に乗せた漆は洗浄を繰り返すうちに根こそぎ取れてしまいますので、漆器での耐久性は、陶磁器でも同様であると考えがちですが、これは間違いだと言って良いでしょう。
「くっついていること」と「実用に耐えること」は似て非なるものです。実用を目的とした金継ぎの修理技術は、まだまだ発展途上であり、本当に実用が可能な陶磁器の修理には、今後、窯業側からの様々なアプローチも必要と考えるべきではないでしょうか。
第4回コラム「陶芸と修理の将来を考える」
漆は非常に強い塗膜を持っていますが、紫外線で劣化をします。また、使用することで擦れて傷も付きますので、修理した器の経年劣化は避けることが出来ません。従って、実用を前提とした金継ぎ修理は器の延命処置と考え、何度も直しながら使っていくという心構えが必要になります。
江戸期には器の修理が民衆に浸透していましたが、明治時代以降、作ることと直すことが乖離し、窯業は、特にその傾向を無修正のまま産業として発達させてしまいました。安価を優先してきた現代文化、直すことに目をつぶり制作をする陶芸家、技術の囲い込みで漆を特別視させようとする漆芸家など、複数の要因により、金継ぎで器を延命させることは、現実的にかなり困難です。
私自身は、本来、窯業とは作る事と同時に、直すことまで受け入れた産業であるべきではないかと考えています。そこで、こうした問題を打開する可能性があると思われる一つのシステムを考えてみました。簡単に説明すると次のようになります。
1.作家の陶磁器は、修理の保証を付ける
家電などのプロダクト製品のように全ての陶磁器に修理保証を付けるのは、窯業会社の規模を考えると現実的には無理でしょう。 しかし、作家物の器は、販売数や希少性などから、それが可能だと思います。
2.制作と修理の連携を作る
本来は作家自身が自分の作った器を全て直すのが筋だと思いますが、実際的に修理は非常に時間がかかり、一人の作家が制作と修理を両立させるのは困難です(私の実体験的にも)。
そこで考えられる可能な体制としては、制作と修理の分業制です。要するに作家と修理屋が業務提携を結ぶようにします。そうすることで、作家の全作品の修理保証が可能になるはずです。
3.修理方法の開示をする
業務提携を行うと、双方の技術の共通認識が必要になります。修理屋に丸投げをするのは、双方にとっても、また、作家の器を買ったお客に対しても良いことではないと思います。
そこで、作家は自分の器の修理方法を制作とセットで考え、自分の器の修理方法(使用する材料や、調合比率、修理手順など)のデータを提携した修理屋に必ず渡すようにします。そうすれば、器を購入したお客に直接説明をすることが出来、販売側、購入側の双方に安心感が生まれるでしょう。
もっとも、こうしたシステムは、器を直しながら使い続けるという需要側の理解が最も必要になります。それには長い時間が必要かもしれません。しかし、陶芸を先細りの産業にしないためには、こうした「制作、延命、再生」の循環を広く知ってもらう必要があるのではないでしょうか。

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