糊漆と麦漆(その1:接着剤としての米と小麦)

 金継ぎ(というよりも漆芸全般)で接着剤として使用される場合の漆(以下、長いので接着用漆と略)には、大別して糊漆(米を混ぜた漆)と、麦漆(小麦を混ぜた漆)がある。何故、接着用漆には2種類あるのか。これが常々疑問であった。ネットや本を調べてみたのだが、この2つが使用されている理由や、個々の特徴をきちんと記載してある資料を見つけることができない。まして、金継ぎで使用する適切な接着用漆はどれなのかが説明されているはずもなし。
 ちなみに、金継ぎの資料に記載されている割合からすると、接着用漆として広く使われているのは糊漆のようである。正確には人に教える気マンマンで情報公開している漆利用者における使用比率は糊漆が高いということになるので、実際、すべての職人にアンケートを取ったら違う結果になるのかもしれないが、おそらく米作に比べて麦作は日本の風土に合わず、収穫量に圧倒的な差があるという事実から推測して、稲作文化圏は糊漆の割合が高いとみて間違いは無いと思う。  
 それはさておき、現存する接着用漆として2つの種類があることは間違いなく、では何故、接着用漆は2種類があるのか。この2つはどう違うのか。使い分ける必要があるのか、あるいは、どちらか一方で全てが間に合うのか。理由が見つけられない以上、それを自分で検証するほかはない。というわけでその経過を記載しておくことにした。
 なお、書き始めてみたら、かなり長くなることが分かったので、数回のシリーズに分けようと思うが、何分にも実験、検証しながらの不定期更新なので、次回がいつになるかは分からないことを先に明記しておく。(放置しないことだけは約束するけども。というか何よりも自分が知りたいので放置できない。)では、始めよう。
1)大前提
 まず接着用漆の大前提として大切なことを書いておこう。
 案外、金継ぎセットを販売しているメーカーの人も、この事を知らず、話をすると驚かれたりするのだが、接着用漆は米や小麦を加えず漆単体でも十分な接着強度を得ることが出来る。というよりも、実用のための修理の耐熱耐水性は漆しか得ることができない。
 つまり、実用陶磁器修理の金継ぎに於いて、米や小麦は、あくまでも初期保持力(貼りあわせて形を保持する粘着力)のための添加のウェートが極めて大きいということで、理由は後述していくが米や小麦だけで器を接着しても実用には向かない。このことは覚えておく必要がある。事実、私が金接ぎを始めた頃は漆単体で修理をしており、いまだその器は我が家で現役なので間違いはない。
2)姫糊と盤石糊
 米と小麦の話に移ろう。米(糊漆に使用)と小麦(麦漆に使用)は、どちらも練ることで粘着性が出るが、この2つの粘着力は全く異なる物質に拠っている。要するに、糊として見た場合には全くの別物ということだ。そこで今回は、接着用漆の前に、まず、この2つの違いをハッキリさせておこうと思う。
 糊漆に使用するのは姫糊(ひめのり。別名、続飯(そくい)。正確には蒸した米を練ったものが続飯、炊いた米を練ったものが姫糊だが、漢字の見た目で理解しやすい姫糊を、このブログでは米を練った糊の総称として使用する)。工業用接着剤としても広く用いられている。粳米(うるちまい。普段、食する米)を炊いた後、それを練って糊にする。寒梅粉(かいばいこ:もち米の粉末)が使われることもある。粳米も餅米も接着として利用する成分はデンプンだ。デンプンを含む食物は多く、料理のつなぎに使用するデンプンは他の穀物のものも使用されるが、接着剤として利用するデンプンは粒度や粘度の安定性から粳米か餅米が使われる。
 一方、麦漆に使用するのは盤石糊(ばんじゃくのり)。小麦粉を練って作る糊である。小麦の70%前後はデンプンなので姫糊に近いと考えがちだが、麦漆として使用する場合、基本的に小麦は加熱処理せずに漆と混ぜるため粘着力の主力となるのはグルテンというタンパク質の一種である。(デンプンが粘着力に加担しない理由は後述する。)正確にはグリアジンとグルテニンが水分中で反応することでグルテンになるので元から麦にグルテンが入っているわけではないが、分かりやすくするために接着に使用する小麦=グルテンと考えていただいたほうがいいと思う。
3)デンプンとグルテン
 糊の成分には、デンプンとグルテンという異なる物質があるということは理解できたと思う。では、それぞれをもう少し詳しくみていくことにしよう。
 姫糊となるデンプンはアミロースとアミロペクチンという2つの物質が固まった(集まった)もので、常温時はβデンプン(べーたでんぷん)という状態にある。これは水にほとんど溶けず粘性も無い。
 だが、βデンプンに加水して熱を加えると、急速に吸水して白いデンプン粒は膨張を始め透明度が高くなる。さらに加熱すると粒は崩壊してドロドロになって糊化(こか)する。この時のデンプンをαデンプン(あるふぁでんぷん)と呼び、これが姫糊になる。姫糊が炊いた米を使用するのはαデンプンの性質を利用するためなので、当然ながらスーパーで米粉を購入し、常温で水と混ぜて練っても姫糊にはならないのでご注意を。(無論、漆と混ぜて糊漆にもならない。)
 糊化したデンプンを冷却させると、水分を放出しながら水に不溶なほぼβデンプンに近い状態に戻り、固化する。これを老化と呼ぶ。炊いたご飯をしばらく放置するとモソモソの固い飯になることをイメージすると分かりやすいだろう。なお、老化したデンプンは不水溶性だが、再度、加水と加熱をするとα化する性質を持っている。
 余談になるが、α化したデンプンを急速冷却させると、αデンプンの性質を保持した乾燥デンプンを得ることが出来る。このデンプンは加熱をせず加水するだけで糊化するため非常食用のα米として販売されている。
 一方、盤石糊となるグルテンは、先にも少し触れたが、最初はグリアジンとグルテニンという2つのタンパク質である。グリアジンは弾力が弱いが伸びやすく粘着力が強い。グルテニンは弾力に富むが伸びにくい性質を持っており、加水して練ることで、この2つが結びつき、粘弾性を兼ね備えたグルテンになる。盤石糊は小麦粉に加水して捏ねるだけで作ることが出来るため熱は不要だ。加熱をしないためデンプンの糊化は起こらない。上に記載したデンプンが加担しない理由がこれである。
 グルテンは不水溶性のため、小麦を練ってグルテンを生成した後、不要なデンプンを水で洗い流すことで、より強い粘弾性を得ることも出来る。
 冷却をすると不水溶性のままだが、粘弾性は失われ固化する。再度、加水と加熱をすると、元の性質に戻すことが出来る。(パスタの乾麺を茹でると食せる状態になるのをイメージすれば分かりやすいと思う。)
 
 さて、以上をまとめると、デンプンとグルテン双方で異なるのは、粘性を得るためにデンプンは加熱を必要とするが、グルテンは加熱の必要がないという点。
 共通するのは、粘性を得るためには加水が必須。冷却すると固化して不水溶性になるということ。そして再加水加熱により軟化するという点だ。
 これが、接着用漆にも大きく関わってくる。
 
長くなってしまったので、今回は、デンプンとグルテンの特徴まで。
次回は、接着の基本と接着用漆の特徴について(たぶん)書くと思う。

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