漆と湿度

漆がなぜ乾く(正確には固化するだと思うが、面倒なのでここでは乾くと表現しておく)のか。という説明が記載されたサイトや本は非常に多い。
だが、特に慣れないうちは、この乾く理論を実践しても十中八九で失敗をする。ネットではこの失敗談を散見するが、その理由まで書かれていることは極めて稀だ。何故なら、失敗したら「あちゃー」と思ってすぐに対処(この場合は再作業)することで頭が一杯になる、そして、説明書きを正確にトレースすることが成功への最短ルートだと信じる傾向が人間には多分にあって、自分はルートを間違えたからだと思い込むからだ。もう一度、きちんとトレースすれば失敗はないと確信する。
だが、正確なトレースをしても失敗をする。自分には才能が無いのか、それとも、漆が悪いのか。半ば投げ遣りになってくることもあるだろうが、事実はそうではない。
漆が乾くための説明の多くに欠落している内容がある。それが、何故、説明の通りに作業をしても漆は乾かなかったのかという理由だ。
漆が乾くためには湿度、つまり水が必要だ。理由は漆の酵素が水の酸素を使ってウルシオールの硬化を行うからだ。しかも、結構大量に水を使う。この必要な水を賄うには、湿度80%が必要である。と、ここまでは通常の説明に必ず記載されている。
だが、本当はここからが重要。酵素が利用した水は、その後、不要なものとして除去される。つまり、不要なものとして空気中に放出される必要があるのだが、実は、湿度80%の状況はこの放出の阻害ギリギリラインであるということは書かれていない。つまり湿度が80%を超えた状況では、漆は水分の飽和によって乾きにくくなる。趣味で漆を始める人は、湿度が必要だと聞いて、風呂場のような湿度80%を超える状況に漆を置いて失敗をする。漆が白濁したり、いつまでたっても乾かないという状況になり落ち込むことになる。
重要なのは、湿度が80%を超えないこと。そして、あまり長い時間、作業後の漆を高湿度下に置かないことだ。
先のブログで書いたが、漆が乾く過程には一次硬化と二次硬化の二段階がある。このとき水を大量に使用する一次硬化は長くても数時間で終わるので、高湿度下の状態は半日程度で切り上げる必要がある。そうすれば、金継ぎで金を蒔いたつもりが、金が沈殿して下地の漆の色が出てしまったり、更に過剰飽和で白濁するというのを避けることが出来る。
だが、表層であればそれも可能だが、金継ぎの場合、問題はそう簡単ではない。
というのも、麦漆(私の場合はグルテン漆)を使っての接着の場合、1cm以上の厚みのある陶器(および、水や湿気を吸って十分に乾燥していない陶器)や、吸水性の無い磁器だと、芯の部分は完全な嫌気状態になり、湿度は簡単に80%を超えてしまう。その結果、乾いたと思って使ってみたら壊れてしまったという状況が生まれる。また、錆漆も同様で、あまり厚く盛り過ぎると、芯の部分が乾かず、使っているうちにとれてしまう。取れた部分の臭いを嗅いでみると、漆独特のツーンとした臭いがすれば、それは漆の硬化で使った水が蒸発せず乾かなかった(飽和した)ということだ。
そして、ここが非常にやっかいなのだが、接着に使うグルテン、充填に使う砥粉は、それを混ぜる時に必ず水を利用する。グルテンの場合は繊維をつなげるため、砥粉は鉱物粒どうしを密着させて粘りを出すために水は必須だ。この作業を行うときの湿度が、混ぜる水分と密接な関係を持っている。というのも、湿度が高い時に既定の水分量を混ぜてしまうと飽和の危険が高くなる。グルテンや漆がきっちり使い切る適量の水分であれば問題はないのかもしれないが、そういう加水を行うのは極めて難しく(特に錆漆の場合、砥粉は乾燥のために水分を放出するから必ずその水分を漆が受け取ることになり、実際は無理だと言っていい)、さらに湿度が高くて水分が放出されない状況が長く続けば、漆は乾かない。そのためには、思い切って湿度が高い日の作業を避けるか、あるいは加える水分を減らす必要がある。納期が決まっている時に作業中断はできないので、当然、水分を調節することになるわけだが。
前に記載した、グルテン漆の場合の「漆:水:グルテン=6:2:1」、錆漆の場合の「漆:水:砥粉=2:2:6」は、冬の湿度の低い時の数値なので、夏の湿度が高い日には、水分をこれよりも少なくしないと乾かない危険が高くなる。(実際、私はこれに気付かずにかなりの失敗をして、納期に間に合わないことが多々あった。実にお恥ずかしい。)
湿度が何%の時に、どれだけ水分を減らせば良いのか、というのは、まだきちんと数値化の検証をしていないため今回は申し訳ないが記載しないけれど、水分の調整が必要になる湿度は概ね分かったので発表しておこう。作業の際に調整が必要となるのは「湿度が60%を超えた場合」だ。これを超えると、上記既定の混合比を適用すると痛い目に会う確率が極めて高い。
金継ぎをされる方は、是非、注意して頂きたいと思う。
<追伸>
麦漆や錆漆にムロは必要ないのですか?という質問をされることがある。
上記の通り、漆の硬化に必要な水分は混ぜる時に加えてあるので不要だ(と思う)。実際、私は接着や充填の作業でムロを使用していないが、問題はない(と思う)。特に充填作業ではムロに入れるほうが芯が乾かなかった経験をしているので、入れないほうが良い(と思う)。
あくまで、これまでの経験則であるということと、実は入れたほうが良く乾くという混ぜ方がある可能性は否定できないので、断定はしない。

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