ツクルトイウコト

あまり更新しないのも何なので、取りとめのないことをつらつらと書いておこうと思う。中二病な内容だから、アホかと思った方は、すぐに読むのを止めることをお勧めする。と先に断っておこう。
ここ一週間ほど夕飯を抜いている。抜くことになった原因は些細なことでブログで書くほどのことはないから割愛する(ダイエット目的でないことは記述しておこう)が、たぶん、これからもしばらくは夕飯を抜き続けると思う。正直、二日目までは間違いなく翌日に夏バテ起こして体が持たないだろうと踏んでいたのだが、これがどうして、まったく逆である。体力的にも精神的にも、憑物が落ちたように元気なのだ。いつもは深夜0時近辺まで修理の仕事をするのが辛くて、とにかく手が進まずダラダラしていたのだが、一つ仕事が終わると次の仕事へ体がスッと動く。もうちょっと頑張ってみようか、という脳の指令に体が言うことを聴く。理由は全く分からないのだが、一日三食の呪縛から解き放たれている方が、今の私には合っているということは確かなのだろう。変に脳が冴えていて、あれほど日中、眠くて眠くて仕方が無かったのに、それも無い。不思議だ。個体差というのはここまでキャパが広いものなのかと驚いている。(注:あくまでも私がそうだというだけで、誰にでもお勧めすることではない。たぶん、ほとんどの人は夕飯を食ったほうが良いんだとは思う。)
話変わって。実を言うと、半年近く、全く作品作りをやっていなかった。修理品が多かったこともあるが、それ以上に物を作ることの本質が全く見えなくなっていた。否、見えなくなっていたというのは正確ではない。自分にとっての物作りに対する考えが限界に来ていたというべきだろう。作品を生み出すことの根本が自分の中で消滅してしまったというのが最も的確だ。
それが、夕飯抜きの効果で頭が冴えたせいなのか、急にはっきりと考えがまとまるようになった。とはいえ、すでに大学の美術史で確かに習っていたことだし、自分でも似たようなことを以前に書いた覚えがあるので、最初からまとまっていることではあるのだが、知識として脳に蓄積されていたものが、ここへ来てやっと体に入ったという感じなのだろう。
答えは実に簡単だった。作品=形というのは「存在」であり「現象」であって、それ以上でもそれ以下でもない。たったそれだけのことだった。
私はこれまで、作品とはずっと「意味」を作るものだと思っていた。それは、自分が美術品を鑑賞するとき、そこに意味を見つけようとしてきたからであり、「作品には意味が内在し、だからこそ、作品足りうるのだ」と思ってきたわけだが、それはおそらく真逆の考え方で、作品を作るための考え方ではなかったようだ。意味というのは普遍として在るものではなく、構築するもの、寄せ集める物なのだ。つまり、意味は人の側にあって、物に意味が含まれることは、元来あるはずがない。
例えば、若かりし頃は「生きる意味」という言葉に翻弄されて思い悩むことが多いわけだが、本来、生きることあるいは生命というのは、宇宙の中に転がっている単なる現象であって、そこに意味というのは存在しない。短く言えば「生きること」そのものに意味は無い。意味というのは生命現象に対して人が構築し、付加する後付けの要素に過ぎない。よって、生きることそのものに何らかの意味があると信じ込み、それを見出そうとすることは、無駄ではないにしろ、本質的には悩みしか生じないのは当然のことだ。
作品というのも、それと同義だった。作品の形や存在の本質に「意味」というのは内在しない。「意味」は「存在」の周りに散らかっているものであり、寄せ集めて構築し、後天的に付加していくパズルみたいなものなのだ。よって、作品というのは「現象を固定」することであり、現象の固定方法だけが作品の本質なのだ。意味の固定ではなく、現象の固定。陶芸で言えば、形を作り、色を決めて焼く。その一連の現象が固定されて存在するのが作品であって、そこに意味を込める必要も必然も実は無い。何故なら、意味は周りにいくらでも散らかっていて、人間が勝手に寄せ集めてくるからだ。逆に言えば、たくさんの意味を散らかすために、作品を、より現象の固定に純化させておく必要がある、ということになる。
そう考えた途端、こんなに手は自由に動くものなのかと驚くほどに軽くなった。やっと、私の中で、生きることと作品が同次元で結びついたと言える。
目の前にあるものが「現象」なのか、それとも「意味」なのかということを的確に嗅ぎ分けられれば、もっと体は自由に動くんじゃないかと予想する。逆に、意味を現象と勘違いしたり、現象を意味と勘違いすれば、それはそれは思い悩むことも多くなる。で、人生の悩みが多いのは、その勘違いがものすごく多いからだと思うわけなのだが、それが分かっていながら何で多いんだろうなぁ、勘違い。特に私の場合は多いように思う。
何しろ、今頃になって、こんなことを書いているくらいだし。

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