原点

温度30度、湿度65%。これ、漆ムロではなく、仕事場の状況である。しかも、パソコンをつけていると、室温がさらに2〜3度上昇する。こんな状態で仕事をしようとするのが、本来、間違いなのかもしれない。っていうか、間違いだ。こういう状況が続くと、やっぱり、普通の民家の一室じゃなくて、環境の整った仕事場がほしいなぁと思わずにはいられない。しかし、たとえ金があっても(いや、金は無いんですけど)、あえて作らない決心をしているのは、普通の人が普通の生活の中から生む修理業というものを私自身が目指しているからだ。が、どう考えても、この状況は普通の人の普通の生活を逸しているのと違いますかね?日本の平均的な住居って、こんなもんですか?
アカン、暑さで文章の整合性が崩れてきている。
ま、それはいいとして、何でこんな話をしたのかというと、先日、イベント会社から電話があって「野外展示会の一角でお客さんに陶芸を体験させたいというクライアントがいるんですけど、そんなことって可能でしょうか?」という問い合わせを受けたからだ。要するに、お日様の下で器は作れるんですか。という話だ。
デパートの催事場、公民館、アパートの一室、民家の縁側など、これまでいろいろなところで陶芸教室をやってきたが、そういえば、ずっと室内で行うのが当たり前だったため、屋外で作陶が可能かどうかなんて、考えたこともなかった。出来ませんよ、というのは簡単だ。だが、私は基本的に、自分にとって不明な事項の可否は、一応「可能」と判断することにしている。(それで自分の首も他人の首も絞めまくったことは少なくないので、お勧めできる人生の選択じゃありません。あ、別に「絞める」は事件性があったとか、そういうことじゃないですよ。最近は、こういう表現でもブログ炎上したりするらしいから、一応、但し書きしておきます。)
これまでの経験からすれば、屋外は全くの未開の地である。自分一人が作陶するなら、その場でどうにでも出来ると思うが、多人数でやるとなると、用意する物も、段取りも想像ができない。何とか想像のしっぽくらいは掴めないものか・・・。
で、人間、知恵というのは絞れば出てくるもので、可否のヒントが思いついた。縄文式土器。そうだ、縄文式土器は、たぶん、屋外で作っているはずだ。竪穴式住居で作ったとしても状況はテントを張った屋外と同じようなものだろう。縄文式土器って、作り方が紹介されているのは見るけど、製作状況や環境まで紹介されていることがまずないので憶測の域を出ないとしても、縄文人がどんな粘土を採取し、どんな場所で、どんな手際で形を作ったのか、考え始めると、絡まった糸が解けるように、屋外での作陶教室の条件が分かってきた。
後日、「たぶん、可能だと思います。いくつか条件はありますが、それほど難しい条件ではないと思います。」とイベント会社には伝えてみた。あくまでも参考意見ということで、まだ正式に屋外で作陶教室をやるということでもないらしい(主に料金的な問題じゃないかな?)し、私への要請もないから、それ以上の話は未定なんだけど、案外、外で作陶ってのも悪くないかもなぁ。なんて最近は思ったりしている。
こう考えてみると、現在の陶芸っていうのは、縄文時代の頃よりも、なんだか自由が無くなって来ているのかもな、と少し思ったりもする。屋根がなければ器が作れないとか、エアコンがないと仕事ができないとか、人間は知らず知らずのうちに贅沢になったものだ。それで得たメリットって、陶芸に関しては、案外、少ないのかもしれないとさえ思ったりもする。
あぁ、でも、やっぱりこの温度と湿度は耐え切れないでしょぉ。そろそろパソコンも熱くなってきたので、今日はこの辺で。

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