即答不可

ヒョンなことから(正確に言えば紹介の紹介の紹介という非常に婉曲的紹介連鎖のご縁で)、とある中学校の作陶教室を行うことになった。というか、やってきた。
私の作陶教室は、概ね対象が粘土に触ったこともないとか、触ったことはあるけど上手く出来なっかったという人で、言ってしまえば粘土の前での平等は保たれているから、作陶内容や説明は大人も子供もほとんど一緒だ(使う言葉が多少、難易の差はある程度)。その点では、どこでどんな作陶教室の依頼を受けても、最近は全く動じることはない。
というわけで作陶教室はつつがなく終了。
さて、帰ろうかと思っていたら、「時間があったら一緒に給食どうですか?」とお誘いを受けた。食費も浮くし、何よりも「給食」というノスタルジーを刺激するイントネーションに即答でOKした。私は中学校から弁当持参になってしまったので、最後の給食の記憶は小学6年生。ってことは四半世紀も前じゃないですかぃ。随分、給食とは無縁だったわけだ。こういう機会がなければ、たぶん死ぬまで無縁だったかもしれない。
それにしても忘れていた、この空間。ちょっと傷のある汚れた机を向かい合わせにして、安っぽいプラスチックの食器(私の時はアルマイトだったかな)に、大盛りの食事(笑)。そしてお昼の校内DJ。四半世紀を経てなお全く変わらない風景にプチ3丁目の夕日な感覚。だが、正直、懐かしいというより不思議という感覚のほうが先行した。日本人の社会生活は大きく変化し、子供の生活や立ち位置だって昔とは違っているはずなのに、給食のときの空気や風景は時間が止まったかのように、というか、頑なに変化を嫌うかのように同じなのだ。給食とは社会の最もシンプルな食の姿だから変わらないのか、それとも、学校が原風景として給食の姿を変えようとしないのか。あるいは私が給食に対して過剰な進化を無意識に期待する無茶な思考を働かせていただけなのか。いずれにせよ、軽く脳味噌に予想外のパルスが走った瞬間であった。
実は、その他にかなりのショックを受けたことがある。食事中、子供たちが私に向けた質問にことごとく答えらず、実は私という人間はものすごく薄っぺらい、形の無い人間だということに気づかされた。質問は別に難しい内容ではない。「好きな芸能人は誰ですか?」「好きな歌はありますか?」「好きな映画は何ですか?」「動物にたとえると自分は何だと思いますか?」そんな感じの質問だ。今にして思えば、答えはいくらでも出てくる。一つ一つについてドラマ「ガリレオ」の湯川学のように薀蓄を垂れることも出来ると思う。だが子供たちを前にして、私は即答することが出来なかった。答えることは出来たが、かなり時間がかかったと思う。つまり、今の私は時間をかけて質問を咀嚼しなければ自らを形成することが出来ない人間だということだ。子供は自分が好きなものをすぐに答えることが出来ていた。自分を見つめるフィルターが極めてクリアーなのだ。陶芸のことや陶器の修理の話はいくらでも出来る。だが、自分が好きなものを即答できないというのは、正直、かなりショックだった。
でも、それで早急に自分を見つめなおすとか、自分を変えるとか、そういう自己啓発に走るような若造っぽい発想へ行き着いたりはしないんだけど。あぁ、そういう実行性の無さが、自分への回答を遅らせる原因だったりするのかな。もっとも、根本的に生命というのは、二律背反の先にあると考えてきたから、意図して好きと嫌いを考えないようにしてきたということはあるんだけど。ま、ちょっとゆっくり考えてみる必要はあるかもしれない。

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