小麦の意味

間違っていたと思った時には、とりあえず謝っておくことが大切だと思うので、最初に謝っておきます。「ごめんなさい。今まで金継ぎ修理に小麦は不要とか書いてましたけど、そんなことありませんでした。」と、半分だけ頭下げたりする。
え、何故に半分しか頭を下げないのかって。それは、小麦を使うけど、そのまま麦漆にはしないから。漆を扱ったことのある人の方が意味が分からないと思うので、その説明をいたします。
陶器の修理の仕事で避けて通ることのできないものに再修理依頼がある。実用を前提とした修理は、直した後の使用状況が多岐に渡るので、どんなに気を使って修理しても、ちょっとしたことが原因で再破損する可能性がゼロとは言えない。陶器の実用修理が未だ黎明期だと私が言うのは、そうしたことにも起因する。
そういうわけで、これまでに自分がやったものや他人のやった修理品を何件か再修理したが、大体、再破損の原因は同じで、前にも書いたと思うが、陶磁器素地と漆の境界面に水分が進入することで接着強度が落ちたことによる剥離現象。使用後の乾燥が不十分で素地内に水分が残ってしまったり、変な置き方をして接着箇所に無理な力がかかって浸水したら、これはもうどうしようも無い。水を超える粘着性と、水に負けない硬化性を同時に発揮する人体無害な天然由来成分というのは、かなり厳しい条件なのだ。
で、そんな時、ネットで樹脂に関する調べもの(当ブログ「ケースバイケース」に補足記事掲載のため)をしていたところ、たまたま「タンパク質のプラスチック化に成功」という記事を見つけた(アドレスをメモしておくの忘れました。ごめんなさい)。これによると、グルテンというたんぱく質に可塑剤を入れて混練すると成型可能なプラスチックが作れるというもの。天然成分由来のプラスチック(樹脂)と言えば漆も同じ。グルテンに漆を混ぜたら強化プラスチックなんて出来るのかもなぁ、なんてことが頭を過った瞬間。思いついた。グルテンって小麦に含まれるたんぱく質じゃん。あ、麦漆ってそういうことなのか。と。
実を言うと、私、今までずっと麦漆は、小麦に含まれるデンプンの粘りと漆の硬化が関係しているのかと思っていた。麦漆を作るのにヒメ糊(米のデンプンを使った糊)を混ぜると書かれた漆の本もあったくらいだし。それゆえ、デンプンの粘性なら、もち米が最強だろうなんて思って、もち粉と漆を混ぜてみたりしたが期待したほどの強度や耐水性が得られない。上新粉やコーンスターチも試したが大差なし。というより比率を間違えると逆に弱くなったりする。それなら漆だけのほうが安定してるよな。と思っていた。
しかし、小麦を使うのはデンプンではなく、グルテンの網目構造と漆の硬化性に意味があったのだ。含有率約70%のデンプンではなく、10%前後のタンパク質がポイントだったとは、不覚。で、それなら、余計なデンプンを排除して出来るだけ純度の高いグルテンを漆と混ぜれば高い粘着性と強度が期待できるかもしれない。といわうけで早速、近所のスーパーで強力粉を購入し、そこからグルテンを取り出してみることにした。(スーパーにグルテン粉があれば買ったのだが、遠くのデパートまで行かないと無いらしい。)ちなみに、グルテンの取り出し方は、ネットで検索すると山のように出てくるので、分からない人は検索して下さい。それと、強力粉を買う前に、家にあった古い薄力粉を使ってグルテンの取出に挑戦してみたけど、何度やっても取り出せなかった。理由は分からないが古くなるとダメらしい。試したい人は新しい強力粉を買うように。で、取り出したグルテンに漆を混ぜてみる。実験なので比率は適当。アロンアルファゼリー状よりも少し流動性があるくらいなら塗るのに楽かな。って感じで混ぜる。だが、これがとんでもなく混じらない。まぁ水にも溶けない繊維状のたんぱく質なのだから、そりゃ簡単に混ざるわけがない。格闘すること15分。やっと混ざったようなので自分の器を割って修理してみた。
結果。強い。予想はしていたがかなり強い。浸水試験もとりあえず20時間は状態を保持。史上最強かどうかは分からないが、天然成分由来の接着剤としては、おそらくトップクラスの強さではないかと思う。もしかしたら、これに砥粉を混ぜると、今よりも粘着性と曲げ強度の高い錆漆が出来るかもしれない。まだ実験中のため、修理剤としての本格導入は先になると思うが、混合比率などが確定できたら是非ともグルテン漆の本格導入に踏み切ろうと考えている。出来ればグルテン粉を買って、きちんと混合比率を出したいところだ。金継ぎが趣味の方、試してみて下さい。混ぜるの大変ですけど、接着強度にはちょっと感動しますよ。

5件のコメント

  • AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98; Win 9x 4.90)
    はじめまして、私は金繕いをしているのですが、猫田さんのグルテン漆の研究結果を拝見して驚きました。いつも何も考えずに麦漆を使っていましたが、グルテン漆の強度を教えていただいたので、今後から早速使わして貰います。ところで陶器の修理について疑問に思うことがあるので、教えていただけるでしょうか?先ず一つは割れた磁器物の食器を付けるときに、アロンアルファを使えば、強度、化学物質の体への影響はどうなのでしょうか?又、割れた線の上に絵漆で金を蒔いたとき、アロンと絵漆とのくい付き方はどうなのでしょうか? もう一つは釉薬物の陶器の釉薬のかかっている所に漆をのせる時は、漆とのくい付きを良くするために表面の肌を荒らすのでしょうか? グルテン漆はかなり強度があるようなので磁器物をつけるときもアロンアルファを使う必要が無いでしょうか?質問ばかりで申し訳ありませんが教えて頂ければ助かります。

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.1; ja; rv:1.8.1.5) Gecko/20070713 Firefox/2.0.0.5
    コメントいただきありがとうございます。
    ご質問の内のいくつかは、以前に同様のコメントがあり答えたことがあるのですが、スパムの集中砲火を受けて消えてしまったかもしれませんので、改めて記載いたします。
    1、アロンアルファの強度と人体への影響
    アロンアルファの強度はかなり強いと思います。アロンアルファで修理した陶器を雨ざらしにしてみたところ、とりあえず1年は水漏れせず十分に持ちこたえました。2年は持ちませんでしたが、これはおそらく外に放置したことによる紫外線劣化の影響と思われます。また、私がいつも珈琲を飲むために使っている珈琲カップはアロンアルファで直したものですが(口辺および取っ手)、3年目経っても問題なしですから、紫外線による劣化がなければかなり持つと思います。
    なお、食器の修理に使用しても人体への影響は無い、と東亜合成に確認済みです。以前の記事も参考にして下さい。
    2、アロンアルファと漆の接着度
    アロンアルファと漆は相性が良いです。相性の例をあげると、たとえばガラスにアロンアルファを薄く塗ってから漆を乗せると、直接ガラス面に漆を乗せた時よりも剥離しにくくなります。これはおそらく、ガラス面とアロンアルファ面では親水性が異なるからだと思います。
    3、釉薬表面への漆の塗布について
    私は下処理をせずにそのまま塗っています。もちろん、接着力は低いので日常使用で少しずつ剥離します。
    何故、未処理で漆を塗るかというと、ひとつは、器には極力、傷を付けたくないからです。釉薬は単一層ではなく、非常に複雑な重層ガラスです。表面を研磨して層を壊すことで、釉薬全体にダメージを与える可能性が高くなります。場合によっては、釉薬の密着強度を低下させることで素地に影響を与えてしまうこともあります。リスクを高めるくらいなら、むしろ漆が剥離してしまったほうが良いと私は考えています。漆の剥離なら、簡単に塗り直しが出来ますから。もう一つの理由は、金継ぎは少しずつ手直しをしならが器を使い続けるための修理だというポリシーがあるからです(あくまでも私的な理由です)。今までの実験では、湿度85%以上の高湿度下に30日以上置くと、どんなガラス面でも漆は接着力が落ちて取れてしまうのを確認しています。砥粉やグルテンなどを入れても、これは同じです。湿度85%が30日以上続くことは日常まずありえませんが、10年20年というスパンで考えれば、日常使用であってもトータルでこの条件に近くなることは当然考えられます。漆は本来、自分自身の傷の被服のために漆木が出す樹液ですから、ガラス面への接着というのは想定外です。つまり、ガラス面の剥離は漆の宿命なのかもしれません。私としては、その宿命は受け入れた上で漆は扱うべきだと考えています。
    なお、アロンアルファや陶磁器用焼き付け絵具で下地処理すると、そのまま漆を塗るよりも長持ちするという裏技があります(裏技ってほどでもありませんが)。
    4、グルテン漆とアロンアルファ
    グルテン漆を使う時には、アロンアルファは使わなくても大丈夫です。というより、アロンアルファが浸透しないため補助的役割を果たさないので不要です。なお、グルテン漆は実用強度に硬化するまで30〜45日を必要としますので、修理に時間はかかるようになります(内部の硬化は、器を指で軽く弾くと音で分かります。硬化が進むと澄んだ奇麗な音になってきます)。また、接着したらマスキングテープなどで固定することをお勧めします。なお、マスキングテープは通気性が無いので、テープを貼った部分の漆は硬化が極端に遅くなります。何日置きかで別な場所に貼り直しをするか、多少お金がかかりますが、バンドエイドを使うと通気性があるので貼り直さなくても均等に硬化するようになります。

  • AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98; Win 9x 4.90)
     とても詳しく正確に教えていただき有難う御座いました。早速やってみたいと思います。また色々と教えて頂ければ助かります。

  • AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)
    以前、コメントさせて頂いた、ムツミと申します。
    覚えていらっしゃいますか?
    スパム対策でコメントが消えているので、覚えていらっしゃらないかもしれませんが、グルテン粉についてお書きになられた時にコメントさせて頂いた者です。
    小林さんに教えて頂きたいことがありまして、今回コメント致しました。
    ニカワで継いだという磁器を、継ぎ部分を一度外して、
    金継ぎをし直したいと考えているのですが、
    ニカワであれば、湯に浸す、又は煮沸すれば、剥離しやすくなる、という話を聞いたので、試してみたのですが、
    2時間程煮沸しても、あまり効果が見えません。
    もしかしたら、エポキシ樹脂などの接着剤なのかなぁと思ったのですが、
    その場合剥離させるには、どうすればよいのでしょうか。
    継ぎ部分の外観は、透明で、少し乳白色がかっています。
    煮沸後は、透明度が下がった感じです。押してみても、強度が下がった感じはありません。
    どのような接着剤なのか、判別するポイントがわからないので、このような文章では、小林さんに状態をお伝えできていないかもしれませんが、こちらを拝見していると、
    接着剤について、とても詳しくご存知なので、教えていただけるかもしれないと思いコメントさせて頂きました。
    お手数ですが、もし、よろしければご返答よろしくお願い致します。

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; U; PPC Mac OS X; ja-jp) AppleWebKit/419.2.1 (KHTML, like Gecko) Safari/419.3
    スパム攻撃で消えてしまいましたが、覚えていますよ。お褒めのコメントをいただいたりして、その節はありがとうございました。
    さて、ご質問の件ですが、私も以前に膠で接着した器の再修理を依頼されたことがありますが、その時は、1時間ほどコトコトと煮て外しました。膠は加熱によって軟化する性質がありますので、通常の膠であれば煮沸で剥離するはずです。ポイントは
    1,表面の余計な膠はカッターで出来るだけ削ってしまうこと
    2,温度ムラが出来ないよう、器の芯まで十分に加熱すること(2時間煮沸しているのでこれは問題無いと思います)
    3,温度が下がると再硬化してしまうので、器が熱いうちに引き剥がすこと
    です。特に3番のタイミングはシビアです。キッチン用のシリコン製耐熱手袋をして熱湯に手を入れて剥がすのがベストですが、無理ならば、オタマか何かで器を出してすぐにバスタオルで包み、オリャーっと力を加えて取ります。1回で無理な時は、何度か繰り返すと、メキメキっと音がして(この音はちょっとビビりますが)取れてくると思います。漆の除去も同様ですが、特に厚みのある器は温度を下げずに作業するのは案外むずかしいものです。焦らないことと、怖がらずに思い切って力を入れるのもポイントですね。
    加熱は、膠の他に耐熱上限が80度の接着剤(市販の多くがこの温度です)の除去が可能です。
    接着媒体が上記ではない場合は、ビニル袋(ジップロックなど)に器と有機溶剤(シンナーやアセトンなど)に浸けたコットン(ティッシュでも可)を一緒に入れ、数時間〜24時間密閉させるという方法があります。ただし、上絵のある磁器は色落ちすることがあるので、こまめに見て色落ちしていないか注意する必要があります。アロンアルファや一部のゴム系接着剤は、この方法で除去できます(ゴム系の場合は除去というより劣化させるという感じです)。接着剤はがし液の多くは、有機溶剤によるものです。
    その他には、濃縮リモネンに浸けるという方法もあります。純正エポキシ(増量剤などが入っていないエポキシ)は、この方法で除去します。濃縮リモネンは大手ホームセンターで扱っている場合がありますが、見つからなければインターネットで検索すると購入先を見つけられます(最近は毛生え薬としてリモネンを売っているみたいですが、毛生え薬用のリモネンはたぶん希釈されていると思うので接着剤除去には使えないと思います。使ったことないので分かりませんけど)。リモネンはミカンなど柑橘系の皮から抽出した溶解剤で発泡スチロールなど石油製品を溶かすことが出来るのですが、天然成分なので溶かすのに非常に時間がかかる(下手すると1ヶ月くらいかかります)ことと、除去した後は、水に浸けて器に浸透したリモネンを完全に流し出さないと再修理に支障が出るという面倒があります。
    また特殊な方法に紫外線劣化がありますが、これは専用の装置が必要だったり、そうでない場合は戸外に放置しておけば良いわけですが、器も傷む可能性があるので、現実的ではありませんね。
    以上が主な接着剤の除去方法です。上記のものを試してみて、それでも明らかに除去が不可能な場合は、物理攻撃しかないので、精密ルーターやノミなどで叩いて剥離させるか、陶芸用の窯で再焼成して接着剤を燃やしてしまうしかありません。構造用接着剤という建造物や飛行機などに使用される接着剤を使っていたとしたら(高額な接着剤なので普通は使いませんけど)、物理的処理しかないので、実質的に修理は無理か、表面のみ適当に金蒔きをするという処理になると思います。
    こんな感じで説明はよろしいでしょうか?不明な点がありましたら、またコメント下さい。

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