慣れ

私が嫌いな言葉の1つに「慣れ」がある。特に玄人が慣れという言葉を使うのは全くもって腹が立つ。とはいえ、プロとしてやっていくためには慣れが必須なのも事実だから、慣れそのものを否定はしないが、プロにとって慣れは常に疑問とか懐疑を合わせ持つべきで、疑問を持たずにプロが慣れという言葉を使うことは、完全に怠惰以外の何ものでもないと思う。
また、何かを説明する際に慣れという言葉を使うことで、簡単に秘密を遮蔽することができるため、職人は意識的なのか無意識的なのかは別として、慣れを使うことの好きな人間が多いように思う。
例えば、金継ぎをする時、穴埋めのパテとして使う「錆漆」は、基本的に漆と水と砥粉(そのほかにもいろいろな物を混ぜることがあるようだが、混ぜ物を増やすと陶磁器との接着力や相性が悪くなるので、私は極力、混ぜ物は増やさないことが大切だと思っている。砥粉は石粉で砥部焼きの原料にもなる物なので陶磁器とは相性が良い)を混ぜて作る。このとき、漆が多すぎると乾かない錆漆になってしまうし、水が多いと硬化後の乾燥収縮が大きくなり、強度も落ちてしまう。よって、どの位の割合で混ぜるのかが作業効率や仕上げに大きく関係する。だが、この混合割合は「何度かやって慣れるのが早い」と言われたり、かなり調べても「表面にちょっと光沢が出るくらい」なんていう曖昧さで表現され、数値としてきちんと説明されていることはほとんど無い。まさしく怠惰と遮蔽だ。
ちなみに、これまで試した限りでは、呂色漆(水分を蒸発させて調整した漆)を使用した場合「砥粉:水:漆=60:20〜25:25(重量比)」に混ぜた時が最も作業効率が良く、また、硬化後の硬度も高くなる。勿論、耐水性も十分。水分量に幅があるのは、多くの錆漆を作るには水の量も増やす必要があるためだ。作る錆漆の量によって水分量が変わるのと、少量多量のいずれにせよ合計が100にならないところがミソ。なお、呂色漆は上塗り用の漆なので錆漆には生漆を使用すると書かれていることがあって、この場合は使用する水分量はもう少し減る。だが、おそらくこれは加熱精製で呂色漆の酵素数が生漆よりも少いということと、生漆は呂色漆に比べて値段が安いということが前提となっているためで、生漆と呂色漆を2種類用意すれば逆に値段が高くつくし、非加熱精製のMR漆を使えば酵素の問題もクリアーできるので、私は生漆は使用せず、金継ぎは全部MR漆1本でやっている。
さらに補足すると、使用する砥粉は鉄分の入った茶色がお勧めだ。理由は、錆漆を作る際に混ぜていると漆が砥粉の鉄と反応して黒くなってくる。この黒への変色度合いで十分な混合が行われているかどうかが視覚的に理解することが出来るためだ。また、錆漆を固める場合は砥粉が水分を吸い込んで漆の硬化に貢献しているので、ムロには入れず、部屋の温度を20度に維持しておけば(湿度を上げると、逆に水分飽和で硬化が遅くなる)中2,3日で切削作業が出来る程度に硬化する(もちろん、時間を置くほど硬化は進むので、1週間程度は置いたほうがいい。)
漆器を扱う漆屋は金継ぎが専門ではないから、こういう割合をきっちり出すことに意味がないと考えているのかもしれないが、金継ぎを仕事としてやっている人間なら、きちんと明記するべきじゃないかと思う。最近も本屋へ行ったら2冊ほど金継ぎの技法を紹介した雑誌を見つけたが、こういうことは全く記載されていなかった。技法を紹介するなら、一番知りたいのは、こういう目安となる情報じゃないのか?レシピの無いクッキングブックを欲しいと思う人はいないだろうに。
私は前にも書いたと思うが、陶磁器修理や金継ぎはまだまだ黎明期だと思っている。黎明期に必要なのは、慣れや遮蔽ではなく、出来るだけ共有できる情報を多く出すことだ。それによって技術は向上していく。私はこれからの陶磁器社会に修理業は必須だと思うが、それ以上に、本来は陶磁器を作る人間が修理技術もしっかりと習得すべきだと考えている。作りっぱなしで天狗になっている人間が、陶磁器界には多すぎる。作るなら直すことまで考えて作り、壊れたときには直せる技を持っている。これが物作りに関わる人間のスタンダードでなければいけないと思う。
そのためには、もっと検証できる修理の技術的情報が多く流れるべきだろう。そして、玄人は慣れにもっと不慣れであるべきだ。

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