笑いの底力

11/13にラジオのニュースで、鼻エンジン(元・フォークダンスDE成子坂)の村田渚氏、くも膜下出血により死去を知った。
前にも書いたが、私は栃木へ来てから、完全にヘヴィーなレディオベリー(FM栃木)リスナーである。寝ている時と自転車に乗っているとき、そして出先で仕事しているとき以外は、家ではもちろん車の中でもずっとレディオベリーを聞いている。鼻エンジンがパーソナリティを務めていた金曜8時からの番組「ベリーバップハイスクール」は、初回から1度も聞き逃したことがないほど、好きな番組だった。それゆえに、このニュースを聞いて、じつは今日までずっと落ち込みっぱなし。しかも、本日でベリーバップハイスクールは休校(とりあえず放送打ち切り)である。祖母が死んでもここまで落ち込まなかったのに(婆さん申し訳ない)、この落ち込みようときたら、どうしようもない。
村田渚氏は、11/3の生放送中に、自分の片目が充血し若干の出血気味で、スタッフからはストレスだろうと言われたという話をしていた。私も出血を伴った充血を経験したことがあり、医者に聞いたらストレスかもしれないと言われたので、村田氏は大変なんだなぁと思っていた。
11/10の放送では、前日に栃木入りしてからずっと頭痛で体調が思わしくないのでホテルで寝ていたという事、そして、今日は手足が冷たくて頭痛がひどく、周りの声が遠くに聞こえて聞きづらいという話をしていた。また、「俺、もしかしたら死ぬかもしれへん」「死んだ友人が握手をしようとしているのが見える」という事も言っていた。当然、お笑い芸人ならではのギャグだと、スタッフはもちろんリスナー全員が思っていたことだろう。相方の松丘慎吾氏は、放送中に何度か「風邪、ひどいな」とか「めちゃめちゃヤツれた顔しとる」と声をかけており、ラジオを聴いている私も、放送中、加速度的に鼻声がひどくなっていく村田氏の声に、かなりの体調不良であることを心配をした。村田氏も「俺、ほんまに鼻声やな」と放送途中で言っていた。それでも、いつもと同じハイテンションで番組は続き、「風邪ぎみの放送ですみません。来週は体、治して頑張ります」という村田氏のコメントで放送は終わった。亡くなる前日の生放送である。あるいは死亡推定が11日未明なので、もしかしたら、この放送が終わってから東京のマンションへ帰り、すぐに亡くなったのかもしれない。
今思うと、あのベリーバップハイスクールは、まさに村田渚氏のお笑いに対する執念の結晶であり渾身の放送だった。村田氏はこれまでの放送で、何度も「無名のお笑いコンビを使ってもらって、メールもたくさんもらって、ありがたいで」と言っていた。前日に栃木入りして外まわりレポート、そして翌日の2時間の生放送は、どんなに辛くても全力で栃木県民を笑わせる放送をしたいという他ならぬ芸人の意地であったに違いない。
享年35歳。鼻エンジンとしての活動は短かったが、芸歴はかなり長かったし、笑いへの執念もセンスも(私が言うのもなんだが)トップクラスだったと思う。レディオベリー佐藤氏は、村田氏を笑いの職人と表現していた。35歳にして弁当運びのバイトをしながらお笑い芸人を続けようとする村田氏は、仕事も稼ぎも少ない陶芸修理の個人自営業者の私にとって、本当に元気と勇気を与えてくれる心の支えだった。鼻エンジンはもっともっと売れて笑いを追求してほしいと心から思えるコンビだった。
そして、本日、ベリーバップハイスクール最終回。相方の松岡氏、そして村田氏と仲の良かった若手お笑い芸人7名が終結。オープニングで少し涙に声を詰まらせた松丘氏だったが「おれが逆の立場やったら、きっと笑って見送ってほしいと思うわ」と言い、それからは、ずっと笑いの絶えない放送。リスナーからのボケにはきっちりとツッコミを入れ、励ましのメールには「ありがとう」を忘れない松丘氏。そして、番組を盛り上げていく若手芸人。本当に素晴らしい放送だった。相方の死去、そしてレギュラー番組の終了。松丘氏にとって、この悲しみと苦しみは本当に言葉に出来ないものだったと思うが、それでも、涙声ひとつ出さず、若手芸人をいじりながら番組をリードしていく姿。芸人の凄さと笑いの底力に素直に感動した。
番組最後に「これからお笑いを続けていくかどうか、今、気持ちの整理がつかなくて迷っている」と松丘氏は言っていた。松丘氏はたしか36歳である。当然の心境だと思うし、他人がどうこう言うことではないのだが、私はお笑い芸人を続けてほしいと切に思う。鼻エンジンは、確かに村田渚あっての鼻エンジンだったし、ネタもほとんど村田氏が考えていたということだが、今日の放送で松丘氏の芸人魂は間違いの無く笑いの底力を持っていたと私は思う。松丘氏にはラジオを聴いている人間に何かを届ける力があった。明日からも芸人として頑張ってほしいなんていう無茶な応援はしない。でも、きっと「お笑い」が松丘氏を呼ぶときがくると思う。その時には、何も考えずにお笑い芸人としてやっていく決心をしてほしいと心から願っている。何しろ、村田渚氏が選んだ相方なのだ。間違いはない。
私は鼻エンジンという伝説のコンビの放送を1度も欠かさず聞くことができて、本当に幸せだったと思う。この幸せは、死ぬまで私の支えになることだろう。そして、村田渚氏のご冥福を祈ると共に、松丘慎吾氏の今後の生き様を、いちリスナーとして陰ながら応援していきたい。いつの日か、またレディオベリーで声を聞くことが出来る日を願って。
<追伸・2007.5.28>
松岡慎吾さん、お笑いに本格復帰されたそうです。軽く涙出ました。
参考記事(レディオベリー 佐藤望アナのブログ「Big Earの今日もオレ流!」
http://www.berry.co.jp/blog/?blog=nozomu&date=1180278000#id_1309

3件のコメント

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    はじめまして
    村田渚さんをたどってこちらに来ました。
    栃木でのラジオを聴いたことがなかったので、渚さんの全力で仕事をしていた様子がわかってうれしかったです。渚さんの状態がよくなかった辺りは、辛かったですが、渚さんは、自分よりもまわりに笑ってもらうこと、そしてレディオベリーと言う番組が大事だったんだと感じることができました。
    最後の、松岡さんに対する言葉は、その通りだと思います。いつか帰ってきてくれることを願っています
    よいブログを読ませていただき、ありがとうございました。

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    ピングも打たない駄文ブログサイトを見つけて、コメントまで頂き有り難うございました。
    私はリスナーとして放送を聞いていただけなので、それ以上のことは分からないのですが、レディオベリー番組パーソナリティの岡田亜紀さんのブログ「あきんこの夏」の11/15の記事が、かなり村田渚氏の生前を詳しく記しているので、よろしければ読んでみて下さい。
    あきんこの夏
    http://smc93.7days.tv/akinko/cgi/akidiary/diary.cgi

  • Tadalafil

    Tadalafil

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