技術革新

ここのところ、どういうわけか、大きな陶器の修理依頼が増えてきた。大きいといっても持てる程度の大きさだが、30〜40センチ程度の甕が4つ、直径40センチの鉢が2つほどあって、かなり部屋を圧迫している。非常に有りがたいことなのだが、ことさらに困りものなのが、ムロに入りきらないという現実。つまり漆を硬化させるのが難しい。漆の最適な硬化条件は、温度25〜30度、湿度80%以上である。夏なので温度は問題ないが湿度が少し足りない。無論、湿度が足りなくても時間をかければ漆は硬化する。とはいえ、修理品の預かり期間が長くなるということはリスクも大きいし、何よりも修理産業の発展を視野に入れると、極端な話、ムロなど無くても修理可能なシステムくらいまでは考えたほうがいい。
何とかならないものかとネットサーフィンをしていたところ、発見したのが「MR漆」。釣竿に使う擬似漆ではなく本物の漆。外壁塗装という観点から開発した漆だそうで、3本ロールという圧力筒を使って脱水精製することで、これまで行っていた加熱処理を不要としたことにより、漆の硬化条件のキャパを広げたという優れもの。要するに、常温低湿でも硬化する本漆だ。しかも、外壁用途を前提としているので漆の弱点となる紫外線による皮膜の劣化も、通常の漆より格段に向上しているとのこと。
樹木が自分自身を守るために出す樹液が漆なのだから、本来、漆というのは常温低湿で硬化し、紫外線にも強いのは当然と言えば当然で、人間がそれを精製して使用する段階で欠点を増やしていたというのは頷ける。欠点が増える理由を取り除けば、漆本来の強さも戻るだろうという発想で、精製段階の作業工程を再構築したのは素晴らしい。で、さらに検索していたら、このMR漆を使った漆器というのも売っていて、何と漆器なのに食器洗浄機での使用も可能なのだそうな。驚き。金継ぎした器も食器洗浄器の使用が可能になるのだろうか?
私は漆屋ではないので、伝統的な漆に対するこだわりは全くない。とにかく修理に好都合であれば、それを使用するのがお客さんに対しての良心だと考えている(伝統的な精製の漆を修理に使ってほしいというニーズは別として)。というわけで、早速、ネット注文。自分の器で試してみたところ、噂どおりに常温常湿できちんと硬化した。接着の場合は2週間前後。表面塗装ならば1日で硬化し、皮膜の強さも通常の漆と変わらないように思う。要するにムロがいらないということ以外は、全く普通の漆と同様である。一応、ムロにも入れて比較してみたが、どちらも同じように硬化する。ただ、サビ漆(砥の粉を混ぜたパテ用の漆)として使った場合、ムロに入れない方がむしろ早く硬化するような気もする。
これなら乾燥棚を用意して温湿度計を少し気にするだけで、ムロを作らずに陶磁器の修理も可能だ。もっとも、今は夏なので問題ないが、冬の修理でどこまで硬化速度が落ちるのかは調べなければならない。しかし、保管のために冷蔵庫へ入れておいたら、チューブのキャップ周辺の漆は固まっていたので、かなり低い温度でも硬化するんじゃないかと思う。漆の酵素って、冷蔵庫程度の温度でも働くものなのか?ちょっと不思議。
と、良いことずくめでベタ褒めしているが、二つだけ欠点がある。
一つは通常の漆よりも、若干、値段が高いこと。といっても数百円程度なので、修理に使う漆の量を考えれば経費を圧迫するほどのことではない。
もう一つは、シワが出やすいこと。ちょっとでも塗りが厚くなると、硬化でシワが寄ってしまう。元々、粘度が低いので、硬化での目減りが大きいということなのかもしれない。漆塗りに慣れた人なら薄く塗るのは当然なので問題はないと思うが、漆塗りの厚みが分からない人には、いきなりシワが出来てしまって最初からやり直しということになるかもしれない。
で、塗り厚の調節が難しいのは困ったなぁと思っていたところ、MR漆の更に上をいく漆を発見した。それが光琳漆。ナノテクノロジーによる高分散精製でMR漆を超える硬化促進と耐候性を持っているんだそうな。ナノテクノロジーによる高分散精製っていうのがよく分からないが、たぶん、漆の水分と酵素を極限まで均等に分散させることで、硬化効率を上げているということなのだろう。
というわけで、これも試しに購入して(値段はMR漆とほぼ同じ。ちょっと安いかな)実験。常温低湿での乾き方や硬化時間はMR漆と同等。だが、ここからが凄いところで、厚塗りしてもシワがほとんど出来ない。少なくともMR漆よりはずっとシワが出来ない。MR漆でも驚いたのだが、光琳にはさらに驚き。しかも販売サイトによると、塗装膜の耐紫外線光沢保持率はMR以上だそうである。まぁ、修理の場合、光沢性は全く関係ないのだけれど。
というわけで、今後は金継ぎ修理をMR漆と光琳漆へ完全にシフトする予定。金継ぎも技術革新していかねばならないと思ったりしている。

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