頭脳的な食事を楽しむために

まず、最初に釘を刺しておく。というか、(C)2006 Kobayashi Takuma / All rights reserved. と宣言させて頂く。というのも、かなりビジネスになりそうな予感がするからで、それならブログなどで書かずに黙ってやってしまえ、という話なのだが、なにぶん信用も人脈も財力も不足しているので、にっちもさっちもいかない。でも、きっと面白いはずなので、一番先に考えたのは(たぶん)私だ。という意味で、きっちり記載しておこうと思う。
と、前置きをしておいて、さて本題。
私はカレーを食べる時に、できるだけ奇麗に完食することを心がけている。どうすれば、極力、皿の上にカレールーや米を残さずに食べきることができるのか。作法とか礼儀というよりも、ちょっとした頭脳ゲームな感じだ。米とカレールーとをどういった比率で食べ、どのようにスプーンを動かし、美しい完食を目指すのか。平皿にカレーが盛られて出てきた時には、食べる前に、この戦略を構築させる。いまのところ、私の場合は、カレールーを米で囲うようにスプーンで移動させながら、最後に一口分の米を残し、それを皿の上で軽く動かし、残ったカレールーを拭い取るようにして完食とすることで、それなりのレベルになっていると思うが、まだ、もっと美しく完食する技はあるのではないかと、カレーを食べるたびに考える。
で、数日ほど前、松屋でカレーを食べているときに「食卓そのものがゲーム盤だったら面白いんじゃないのか」ということに気付いた。つまり「美しい完食を目差して日夜繰り広げられる食卓ゲーム」というものがあったら面白いんじゃないだろうか、と。
そして、そのゲームの基本となるものが「ゲーム盤としてデザインされた食器」。どう、どうですか。食器の新しいジャンルとして確立されても良いくらいのアイディアだと思うんですけど。え、さっぱり理解できない?まぁ、いきなりだし、難しいですね。では、もう少し具体的に。
例えば、カレー皿にマス目が付いていて、食事をする時に、このマス目を頼りに食事をしていく。という入門的な使い方から始まり、マス目に一定の条件を付加し、その条件に沿って美しく完食するというパズル的な使い方なんていうのは、どうだろう。
さらに複数人で食事をする時に誰が最も効率的に美しく完食するかを競ってみたり、あるいは交互に食事をしながら美しい完食を目差す戦略性を持ったゲーム志向な中級者的使用法。そして、皿だけでなく鉢や湯飲みなどとも組み合わせて、より複雑なゲーム展開が構築された上級者向け使用法。これでも物足りない方のためには、ゲーム食器で食事を提供する遊食喫茶(遊食ってのは私が作った造語だけども)で、知らない人と対戦。なんていうのもアリかもしれない。
子供のいるご家庭では、例えばニンジンが嫌いな子供に、無理やりニンジンを食えと親は命令せず、ゲーム食器を使い「ニンジンを残してもいいわよ。ただし、必ず最後にニンジンだけが残るように食べてね」という条件でゲーム食器に食事を盛りつける。もちろん、最後にニンジンを残すことが出来なければ、ニンジンを完食しなければならない。という知育としての使用も可能だ。また、最近は脳年齢ブームなので、案外、熟年や老年の方にもゲーム食器は有効かもしれない。
なお、ここで重要なのは、このゲーム食器にはゲームの盤面がデザインされているだけで、ゲームの内容そのものは付加されないという点だ。食器と、その日の献立を使ってゲーム方法を考えるのは、食事を作る人と食べる人の自由である。それゆえに、さまざまな食べ方やゲーム方法が生まれることだろう。学校や職場で、このルール内容が交換され、よりレベルの高い完食ゲームが生まれるかもしれない。また、ネット上に、このゲーム食器を使って各人が考えたゲーム方法を紹介する総合サイトが誕生するなんていうのも、今の時代なら考えられる。食事レシピとセットになった出版物も作れるだろう。飽食と言われる日本なら、食事のバリエーションも豊富だから、ゲーム食器で作られるゲーム内容は無限と言ってもいいかもしれない。何より日本は箸の文化だ。スプーンではなく箸をつかえばゲーム性は嫌がおうにも広がるはずだ。もしかしたら、ゲーム食戦の世界大会なんていうのも開かれたりして(いや、それはさすがに無理かな)。
ま、とにかく、そういうわけで、単なる陶磁器の枠を超えて、たぶん大きく広がっていくであろうゲーム食器。まず、その手始めとして、昨日から皿の試作品を作っている。完成したら、ほん陶のサイトでも紹介しようと思っているので、どうぞお楽しみに。
それから、このコンセプトに賛同して協力頂けそうな企業の方、いらっしゃいましたらパクらないでご連絡下さい。といっても、このブログはとにかく閲覧者少ないからなぁ。スパムトラックバックは多いんだけどなぁ(笑)。