矛と盾

通常の生活では全く気にしないが(って当たり前か)、じつは接粘着分野、分かりやすく言えば接着剤の研究というのは日進月歩で、最近では飛行機やスペースシャトルも接合箇所のほとんどが接着剤であるように、広範囲な用途と強度に対応する接着剤が世に出ている。修理を仕事にしている関係上、私は買い物でホームセンターへ行った時などは必ず接着剤売り場へ行って、新製品が出たかどうかのチェックをしている。
最近では、変性シリコーンやエポキシ樹脂を使ったものが万能接着剤としてメーカーの一押し商品しらしい。売り場で店員さんとお客さんの会話を聞いていても、大抵、これらの接着剤を店員さんは薦めている。変成シリコーン系接着剤は無溶剤で用途が広く、耐熱耐水で一般用としては万能と言ってもいいし、エポキシ系接着剤の硬化性はアンカー効果を期待できる物にはとても魅力的だ。(話がマニアックでごめんなさい。)
ちなみに器の修理には、私の場合、基本的にはアロンアルファと漆のハイブリット使用でやっている(接着箇所が目立たないように、などの要望によっては、アクリル系やエポキシ系接着剤を使う場合もあるけども)。アロンアルファの硬化速成性と漆の耐久性という良いとこ取りをすることで作業効率を高めて短期修理を行うことでコストを下げたいという理由もあるが、前にも書いたとおり、陶磁器に限って言えば、漆は熱湯で煮ると剥離するし、アロンアルファはアセトンなどの有機溶剤で溶かすことが出来ることが理由としては大きい(なお、漆は本来、500度以上の耐熱性と耐水性を有しているが、硝子や磁器などの物質への接着力は弱いので、煮ると簡単に剥離する)。万が一、修理箇所に不具合が出ても再修理が出来るかどうかで接着剤を選ぶことは、案外、大切なことなのだ。(そういえば話が逸れるが、業務用アロンアルファは高いという話を書いたら、とある方から、うちの近くでは800円くらいで売っていますというメールを頂いた。有難い話で早速、お店に聞いてみたところ業務用ではなくプロ用だった。プロ用は量が多いだけで内容物は一般用と同じなので、業務用とは違うんですよね。業務用は一般用よりも耐熱温度が50度くらい高く、接着硬化速度も倍くらい速いんです。メールをして下さった方、申し訳ない。で、話を戻して。)
最近、売れている変成シリコーン系やエポキシ系接着剤は、先にも言ったように用途が広く魅力のある接着剤だ。だが接着剤を除去する方法が全くと言ってよいほど無いという大きな問題がある。エポキシの場合は濃縮リモネン(5gで3000円。高いよね)である程度なら溶かすことが出来るが、変性シリコンに至っては耐熱耐水耐薬品性で、接着・硬化してしまうと切るか削るという力技以外に手がない。接着剤としては優秀なのだが、再修理をする場合、これほど頭の痛い接着剤はない。しかも最近、修理依頼を受ける品物の多が、実は、この接着剤で補修されていたりする。よって、修理作業のほとんどの時間が接着剤除去だ。
接着剤除去の作業は努力量に比べて悲しいほどに成果が出ない。1日かかって1mm除去するのがやっと、という事もある。ひどい時には1週間頑張っても破片1つが取れない事もある。1日中、破損部分を見ながら、出来れば素地を傷つけずに何とかしたい。だが、傷つけなければ次の作業が出来ない。なまじ陶磁器を作ることもやっているので、余計に陶磁器への愛着があって手が出ない。コーヒーを何杯も飲みながら自問自答を繰り返す。こうしたジレンマの中で、胃けいれんになりそうなほどのストレスと向かい合わなければならない。
これからは修理産業という新しい産業の形成が必要だ、と前回書いたが、修理産業では接着剤とセットで接着剤除去方法も知識としてペアにして提供するのが大前提だな、と切に思う。また、修理を仕事にしようと思う人間は、物を接着するノウハウ以上に、物を分離するノウハウが重要になるのかもしれない。物を接着する資料は多いが、分離するノウハウの資料というのは、一体、どこにあるんでしょうかって感じに少ない。物を分離するための本なんて本屋で見たことが無いし。どなたか、そういう本を知りませんか?あるいは、私が書いているなんて人はいませんでしょうか。
何にしても、頭の痛いことだ。

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