仕事用に買ったプリンターが突然動かなくなった。赤いランプが点いて警告が出ているので、内容を見たら「室温が低すぎます」。・・・、これが本当のフリーズぅぅフォーッ!(今年の流行語つかってみました。)
それはさておき、大晦日だ。とは言っても、バレンタインも夏休みも盆もクリスマスも、全く自分とは無関係な行事として通過していったので、大晦日もこれといって感慨深いという感覚がない。テレビやラジオのいつもと違う番組編成で、かろうじて年末を感じるという程度か。
あいも変わらずに過ぎていく普通の24時間ではあるが、一応、人並みに1年を振り返ってみる。そこで今年の一番大切なことかなと感じるのは、仕事で使う「ありがとうございます」が自分の中で変わったということではないかと思う。東京で仕事をしていた時も、当然、感謝の気持ちとして「ありがとうございます」という言葉は使ってきたし、どういった状況で使用すべきかも心得ていたつもりではあったが、その有難さのベクトルが漠然としていることが多く、自分の中で気持ちと言葉がしっくりと噛み合わないもどかしさを感じることも少なくなかったように思う。
恥ずかしい話だが、今年、個人事業主になってやっと、この有難いベクトルの向きと深さを理解した。
というのも、この仕事を始めるときに、どう考えても答えの出なかったことがある。それは「作る、直す、教える」ということを一人で同時並行的に行えるのかという自分への疑問と、それが世の中に受け入れてもらえるのかという他人への疑問だった。言ってしまえば、自分も世間も信用できない不信状態といえるかもしれない。要するに自己不在である。本来、新しく仕事を始める人間なら、このような状態で仕事を始めるべきではないだろう。もっと前向きで自信に満ちていなければいけないのだと思う。心底、自分は馬鹿だと思うが、しかし、どうしてもこの疑問が解けず、その鬱積への反発として見切り発車的に仕事を始たというのが、いま考えると正直なところではないかと思う(当時の悶々とした状態は、このように文章としてまとめられるほど整理されるものではなかったと思うんだが)。事業主の届出を出して看板を揚げ、陶器屋を見つけてはチラシを配る。しかし何の反応もない。開店休業状態。ニートの頃とほとんど変わらない生活が続く。見切り発車なのだから当然といえば当然だ。
だか、やがて新聞を見ました、インターネットで見ました、レンタルボックスで知りました、と問い合わせが来るようになった。殺到には程遠い状態ではあるが、見切り発車で始めた仕事に少しずつ依頼が来て、かつ、自分がやった仕事に感謝のメールを頂いたりする。そんな風に、ポツポツと依頼をこなしていくうち、「ありがとうございます」の主語が「解答を頂戴して」だということに気づいた。自分ではどうしても解けない答えを、お客さんに頂く。つまり、「ありがとうございます」は、疑問と解答の楔(くさび)だ。創作や修理をすること、仕事をすることの面白さは何処にあるのかという疑問も、それらが「ありがとうございます」という楔を打ち込むプロセスだと思うと、実にクリアーに解決できた。人生のフリーズ解凍。何を今更と思う方も多いことと思う。子供でも知っていることなのかもしれない。でも、私はこの歳になるまで、それが分からなかった。
情けない話だが、少なくとも来年は、今年よりもちょっとだけ楽しく仕事ができそうな気がする。「ありがとうございます」の楔も、たくさん準備して、きちんと打ち込みたいなぁと思ったりもしている。無論、すべては依頼が来ればの話だけども(笑)。

20件のコメント

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です