大人は分かってくれない

益子のバイト終了。やる前はどうなることかと思っていたが、昔取った杵柄というか、始まってしまえば体は勝手に昔を思い出すもので、口と手を連動させて電動ロクロのアドバイスをする技術は、心配するほど錆びついてはいなかった。また、普段から出来るだけ自転車に乗るよう心がけているのが良かったのか、足腰も元気で大して疲れなかった。全体的な仕事量はむしろ東京で仕事をしていた頃よりも少ないくらいだし、何よりアルバイトなので言われたことをやれば良いから気が楽だ。若いうちに苦労をしておけという話を、まさか益子で実感するとは思っていなかった。往復の車の運転が一番疲れたな。やはり慣れていないことが一番疲れるってことか。まぁ何にしても、無事終わって何よりだ。
それから、前回、益子で仕事をしているうちに夢と儲けの接点が見つかるかもしれないと書いてみたが、やはりこんな短期間でおいそれと見つかるものではなかった。ただ、今回仕事をした陶芸教室は、驚くほど作陶の道具が少ないところだった。おそらく運営上の意図として客に道具を渡さないのだろうとは思うが、私が出向してやっている陶芸体験よりも道具が少なかったりする。また、一人分の作陶スペースが非常に狭い。陶芸教室ですら、あの道具量と作陶スペースで客が満足するのなら、出向型の体験でも何とでもなるだろうという自信はついた。何しろ手びねりについては10年以上のスキルもあるし、企画物の立案と実行についても、それなりの経験はあることだし。今回のバイトで、狭いスペースでの作陶限界は大体のところ理解した。これなら寝たきりの人がベットの上でやれる陶芸体験も出来そうだ。何となく視界が開けた。
ところで、話は変わるが、友人の紹介で陶器販売関係のビジネスに明るいという人に会って、少しだけ話をした。しかし、だ。
・まず有名な先生に付いたほうがいい
・仕事にするなら、もっとたくさん器を見て、雑器ではなく作家物を作るべきだ
・天然の材料を使った方がいい(天然なら呉須が一番)
とまぁ、要約すると以上の3点になると思うが、正直、何だかなぁという感じ。いや、(3つめの呉須が天然というのは、素人の勘違いだから無視するとしても)紋切り型ではあるが、おそらく間違ったことは言っていない。売れ線というのは、今でもなお、こうした土台の上に成り立っているものなのだろう。特に、栃木のような、益子と人間国宝の取り巻きが幅を利かせている土地では、そうしたビジネス形態が主流であるし、それに乗らなければ商売にならないという事情も、それなりに納得は出来る。
ただ、説明しても理解していただけなかったが、私は陶器を高額で売りつける作家になるつもりはない。私がやりたいのは、器を作って売ることと、器を手にすることで身の回りに変化を生む場を形成することと、壊れた陶器を直して永く使えるという理解を広めること、その3つを同時並行的に行うという商売だ。「作って、直して、永く使う」ことは、至極当然のことだと思うが、陶磁器に関しては何故かそれが一般化しないまま、変な固定観念が先行し、おかしなマーケットにおかしな人たちが群がって、今のようなビジネスモデルが出来てしまい、しかもそれを当たり前のように受け入れた世間というものがある。高額な陶器を購入し壊れたら捨てるのではなく、相応な値段の陶器を買って、直しながら使い続けるのが、道具としての陶器本来の姿ではないかと思うのだが、異論を唱える人は少ない。
まぁ、閲覧数一桁のブログで熱く語っても、ほとんど意味はないのかもしれないが、あまりにも釈然としない人と会話をしてしまったので、ちょっとだけ鬱憤晴らしさせて頂いた。申し訳ない。
<追伸>前に、フリマ箱を借りて器を売り始めたが全く売れないという話を書いた。昨日、覗いてみたところ、500円の蕎麦猪口が2個売れていた。とりあえず、うれしい。これまでアドバイスを寄せていただいた皆様、本当にありがとうございます。アドバイス、役に立っています。これからもアドバイスを参考に頑張ります。

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