焼き継ぎ その7

閲覧者極少数が特徴、と言っても過言ではないほど猫田に小判はアクセス数が少ない。アクセス数を延ばす努力をしていないので当然なのだが、それでも稀に全く知らない方からメールなどを頂いたりすることがある。有り難い話だ。
実は先日、「焼き継ぎの記事を読みました。今、焼き継ぎを剥がした器を持っているので見せましょうか」というメールを頂いた。車で1時間弱の距離に住んでいる方だということが分かったので、天気も良いし、細かい修理の仕事でモヤモヤしていたので気分転換も兼ね、思い切って訪ねてみることにした。
で、拝見させて頂いた器というのが、何と数ヶ月かけて少しずつ表面のガラスをカッターで削りとったという染め付けの白磁。接着用のガラスが実に奇麗に除去されていて、正直、かなり感動した。しかも1枚かと思ったら2枚。「感激ドン、更に倍」って大橋巨泉じゃなくてもそりゃ言いたくなるっちゅー話やね(ってクイズダービーは古すぎるか)。それはさておき、剥がした器の断面を見たところ、一方の器には白い粉、もう一方の器には赤茶色の粉が付着していた。以前の焼き継ぎ記事を読んだ方ならお分かりのことと思うが、まさにこれ、白と赤の素焼き粉そのもの。おそらく白い粉は磁土またはカオリン系の白土、赤い粉は比較的粗悪な陶土で間違いない(白に比べると赤の粒子は大きいし)。以前に私が実験的に行った焼き継ぎの器の断面と非常に良く似ていた。土は接着面全体に付着しており、色や粉の感じから察するに、おそらく550〜650度程度加熱されたのではないかと思われる。また、接着に使われているガラスが、私の持っている焼き継ぎの器よりもかなり溶けて透明度が高く不純物が少ない。一部には表面のコーティング用ガラスが接着の隙間に流れ込んだ形跡もあり、素地体もかなりの温度になっていたことが伺える(素地の温度が低いと、ガラスは表面で硬化し中まで入って行くことはないため)。
というわけで、とりあえず、焼き継ぎをする器はドベ(または粘土と常温粘着性物質との混合物)で仮止めされていたという私の仮説は立証されたと考えて良いのではないだろうか。使用した土が白と赤なのは、たぶん、修理する人間の修理ポイントの考え方の違いによるものではないかと思う。白土は接着部分の仕上がりは奇麗だが接着力が弱い。赤土は仕上がりは汚くなるリスクはあるが接着力が強い。仕上がりと作業のしやすさのどちらを重要視するかで扱う土が違うと私は考えている。
ところで、接着箇所を見て予想外だったことが2つある。
一つめは、焼成中、形が壊れないためには、ある程度のドベの量が必要だということは経験から分かっていたのだが、接着面全体に使用していたこと。あれだけしっかりと土を使っても、接着誤差がほとんど無いのだから、修理人の接着技術はかなり高い。たぶん、昨日今日で素人が始めたというものではなく、造形関連の職人が副業または転職して行うかなりしっかりとした商売だったということが伺える。それも、かなり接着に関して知識のある人間の所行だと思う。
二つめは、表面に使用したガラスが意外に浸透していたということ。私が所持している焼き継ぎの器は、接着ガラスにかなりの厚みがある(ガラスが盛り上がっている)ため、素地への浸透はほとんど無いと思われる。私は浸透させずにあえてガラスを見せることが美徳だったのではないかと考えていたが、今回、拝見した器は、かなり浸透が進んでいて表面のガラス膜が薄くなっていた。つまり、焼き継ぎはガラスを見せるという鑑賞的な意図はほとんどなく、あくまでも接着と耐水のための手段として使ったに過ぎないということになる。焼き継ぎは江戸庶民のための陶磁器修理だと言われているが、この実用本意な修理を見ると、本当にそうだったのだろうと思った。
というわけで、とても良い勉強をさせて頂いて、猫田に小判をやっていて良かったなぁと思ったりしている。仮止め方法は確証が持てたので、後は表面に使用するガラスの乗せ方と加熱方法が分かれば、さらに近づくことが出来そうだ。実は帰りの車の中で、ちょっと閃いたことがあり、暇な時に実験してみようと思っていることがある。それについては、また、別の機会にお伝えするとしよう。

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