焼き継ぎ その6

前回、上手い焼き継ぎは粘土で接着した跡が分からないと書いたが、今日、よく観察してみたところ跡を見つけた。こういうのは答えを見てから問題を解いているようなもので、気付くか気付かないかの差なのかもしれない。とはいえ、下手な焼き継ぎと全く同じように接着が行われているわけではない。そこが上手い焼き継ぎのポイントだ。
下手な焼き継ぎは面的な接着なのに対して、上手い焼き継ぎは接着が点的だ。要所を抑えた接着が行われているというほうが分かりやすいだろうか。要するに、破損陶器の接着には、ここさえ接着しておけば加熱中に形が壊れない拠点みたいなものがある。上手い焼き継ぎは、そのポイントを巧みに抑えてあり、そこだけに粘土の痕跡を見つけることが出来る。他の部分は、もしかしたら粘土を使っていないのかもしれない。
本当は上手い焼き継ぎの器を購入してバックリ割ってみればいいのだろうが、さすがにそこまでの金と根性が私にはないので、あくまでも予想の域を超えないのだが、おそらく接着拠点は粘土、それ以外の部分は布海苔や澱粉糊を使っていたのではないかと思う。というのも、粘土による接合で一番問題となるのは、乾燥中に振動で接合部分が外れることだ。粘土での接着は、手でしっかりと持っていれば、かなり密着していてそう簡単には外れない。しかし、コツンと何かをぶつけたりという瞬発的に大きな力が加わると外れてしまうことがある。乾燥した粘土の性質を考えれば至極当然だ。粘土に布海苔を混ぜれば、それを回避できるかと思ったのだが、加熱中に燃えて消失する物質が入っていると粒子密度が低くなるので、こんどは加熱中の粘土の密着度が低下してしまう。よって、粘土には混ぜ物をせず出来るだけ水だけで練った密度の高いものを使った方がいい。作業のためには糊を、加熱のためには粘土を。この矛盾とも言える問題を回避するため、職人は、ポイントとなる部分を粘土で、それ以外の部分を常温で強い粘着性を持つ材料を使うという必殺技で解決したと、私は考えている。江戸時代の陶器接合の資料の中に「水を使わない器なら澱粉糊で付けておけば良いが、水を使う器なら白玉で止めなければダメだ」という内容の文章があったので、陶器を澱粉糊で接着して使うことは、意外と広く行われていたのかもしれない。そう考えると、接着箇所によって接着原料を変えていたことも、絶対的に私の妄想だとも言えないのではないだろうか。
と、そこまで考えて気付いたのだが、下手な焼き継ぎと、上手い焼き継ぎは、職人の技術的な問題ではなく、もしかしたら、焼き継ぎ技術の前期と後期という違いなのかもしれない。最初は粘土だけあるいは粘土に糊を混ぜて面的接合を行っていたが、より効率のよい修理作業や見栄えのため、接合箇所によって接着原料を変えるという方法に移行した、と言う流れも無くはないように思う。最終的に接合部は全てガラスでシーリングされてしまうのだから、接着拠点以外の部分が加熱中に消失したところで、実用強度に問題は無いし、作業効率は上がるし、原料コストも安くなる。なによりも修理箇所が奇麗に見えるので商品価値が高まったはずだ。
まぁあくまでも想像だが、もし当たらずとも遠からずであれば、焼き継ぎが商売として繁盛したのも、なんとなく分かるような気がするし、ビジネスモデルも見えてくるように思う。

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