東京

掲示板での予告通り、本日、ちょっと東京へ。
さすがに1年間も田舎でグズグズと生活していたので、私の目に映る東京という街は、リアルというよりもノスタルジーに近いものがあった。ある種の夢見心地。ぶっちゃけて言えば、私は完全に「おのぼりさん」状態である。新宿駅では東口に行けず南口をウロウロ。目白駅ですら人の多さにうまく歩けず、池袋においては、みどりの窓口が見つけられず駅員さんに聞く始末。うーん、新宿から池袋までは自分の庭だと思っていたのだが(特に新宿駅は改装中だったこともあるけど)すでに何割かは忘却の域に達していたか。それとも久しぶりの東京で気合いを入れすぎて舞い上がってしまったのか。
それにしても、東京はやはり面白い街だと思う。街の気合いみたいなものが違う。なにより無駄に情報や物が多くていい。たぶん、それが気合いとして感じられるのだろう。「こんなモノや情報を持ってまっせー」と叫ぶ人間の数が(相対的な人口差とは関係なく)違うということかもしれない。栃木もそれなりに情報はあるし、物品もあるのだが、いかんせん必要最低限のモノしか存在しない。生活に困らないだけの物資があるというだけで、それ以上の事をしようとすると途端に何も出来ない状態になってしまう。チャレンジするための土台がないと言えば分かりやすいかもしれない。もう少し言うと、チャレンジというスタート地点までの距離が違う。ここが都会と田舎の最大の違いではないかと思う。
今回、東京へ出た第一目的は陶芸スタッフの二人展見学なのだが、じつは書籍探しも兼ねていた。栃木という街は、とにかく書籍の種類がない。大きな本屋はあるのだが、どこもほとんどが雑誌と漫画と売れ筋書籍という感じで、専門書はほとんどない。あっても趣味本程度なので正直、専門書好きの私にとっては役に立たないことが多い。で、東京で紀伊国屋とジュンク堂へ行ってみた。お金があれば「ここからここまで全部下さい」と言いたくなってしまうほど専門書がたくさん。うれしい。やはり本屋というのは、こうでなければいけないと思う。売れ筋だけを置く本屋は、商売人としてはポイント高いのかもしれないが、ほとんど売れない本をどう選び、どう陳列しておくかが、本屋の本来的な質だと私は思っている。分かりやすく言えば「こだわりの部分」ってことになるのか。まぁ、何をどう内包しているのかということは本屋に限った事ではないけれども。
時間があれば、本屋以外にも行きたいところはあったのだが、婆さんの夕飯を作らなければならないので、ほとんどトンボ帰りになってしまった。もう東京に未練はないと自分に言い聞かせていたが、やはり私はまだ東京が好きらしい。と、帰りの新幹線でふと感じた。

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