焼き継ぎ_その2

トリビアの泉のガセビアではないけれど、世の中には明らかに誤った解釈が堂々と使われてしまっていることは少なくない。
陶磁器でよく聞くのは、器を購入したら湯で煮ると焼き締まって丈夫になるという話。多少なりとも陶芸をやったことのある人なら、すぐに真っ赤な嘘と分かる話だが、知らない人にとっては加熱するのだから多少は焼けて固くなると思うのも、まぁ仕方が無いのかもしれない。(ちなみに、焼き締まるとは573度以上の加熱で粘土の成分がガラス質に変性し始めることを言う。よって100度そこそこのお湯で陶器のガラス化が進むわけがない。)
さて、そこで前回の続きの焼き継ぎ話だが、焼き継ぎに関する文章を検索していたら、そのいくつかに「フリット(鉛入りのガラス粉)を使って器を接着する」という文面があった。フリットは「振りかける」とか「ニカワと混ぜて使う」とかいろいろだが、どう考えても、それは嘘だろうと思う。そもそもフリットには粘着性が全くないので、焼成前に器の形状を保っておくことが出来ないし、焼成すると肉痩せするので現存する焼き継ぎのような状態には到底ならない。仮に、ニカワと混ぜたとしても、ニカワが焼けて無くなってしまう温度域でフリットはとけないので、おそらくどこかの温度域で破損箇所の密着性がなくなり器は歪む。よって、こうした方法で接着をおこなうのは無理があると思う。では、フリットという話は一体、どこから来たのか?
実は、先日、漆関係の本を何冊か買って読んでいたところ、その中の1つに、漆に鉛丹を入れると厚塗り時の収縮によるちぢれが起こりにくくなる、という内容を見つけた。確証はないが、おそらく江戸の焼き継ぎ屋がフリットを使ったという話は、この辺りの話が歪曲されて伝わったのではないかと思っている。ガラス継ぎがガラスではなく漆だという話は前回書いた。しかし、拝見したガラス継ぎは、漆にしては少し青みが強い。漆が乾燥してもここまで青みが出ることはないと思うので、何か混じっているのではないかと推測していたのだが、たぶん、江戸の焼き継ぎ屋が使っていた継ぎ用の漆には鉛丹が入っていたのではないかと思う。場合によっては鉛ガラス粉を入れたのかもしれない。ガラス継ぎに関しては、漆を使用した漆継ぎの技術が、後にガラス継ぎに変わったと伝える文章もある。私が思うに、おそらく焼き継ぎ屋は、漆だけの加熱処理では、どうしても短時間硬化による縮れを回避できず、鉛丹を入れる策を講じ、それが後にフリットを使って加熱処理でガラスを溶かしたという話に転移してしまったのではないか、と思ったりする。
なお、漆の焼き付けは300度あたりが上限らしい。どれくらいで漆が焼き飛んでしまうのか分からないが、鉛ガラスが溶ける700度では漆は燃えてしまうと思うし、あのように肉厚ではなくなってしまうと思う。