厚生労働省主催市民講座セッション2前編

はじめに

正直、申し上げると、現在、東京都内において陶芸教室は乱立・飽和状態というのが実情です。ぶっちゃけ、これ以上、陶芸教室が増えると教室運営が火の車になるところは多いから、これ以上、増えないでくれと思っている経営者は多いことでしょう。
しかし、それは、現在の陶芸教室システムというものが、まだまだサービスとして未発達の部分が多いから飽和した状態に感じるだけで、私は、もっと陶芸教室というのは増えるべきだろうな、と思っています。もちろん、今のような陶芸教室が増えてもまったく意味がありません。増えるべきは、今後の社会の変化に伴う、より高次元な新しい複合サービスとしての陶芸教室であり、それを達成するためには、まだまだ陶芸教室の数は足りないかな、と思うわけです。そして、これは、おそらく陶芸というサービスだけでなく、カルチャー全般のサービスに関わる問題でもあると思います。
どの程度まで話が出来るかは分かりませんが、第二・第三セッションでは、こうしたサービスに関する将来象を陶芸教室をモデルとしてお話し、みなさんが、より高次元なサービスという仕事をされることを期待しています。

総括

さて、本題の前に、今回の総括を先にお話しておきたいと思います。もしかしたら、話の間に退屈して眠くなったりする方がいらっしゃるかもしれませんので、先に言いたい事を言わせていただきます。
昭和と平成を日本人の生活という視点で区分しようとしたとき、「豊かさへの依存の変化」を一つの着眼点にすることができます。つまり、日本人がより豊かな生活を求める為に、何に依存をしたのかを見るわけです。
二つの時代に見られる依存の変遷は「モノの所有から、サービスの所有へ」という言葉で表わすことが出来ます。前時代ではモノをどれだけ所有しているかが、自分の生活水準を計る指針となっていましたが、現在は自分がどれだけのサービスを利用しているか、言い換えれば、生活の何割をサービスに依存しているのかということが、生活水準判断の指針になっている、ということです。
おそらく、こうした傾向は、今後さらに進んでいくことと思います。自分が使っているサービスが、どれくらい質の高いサービスなのか、そして、そうしたサービスが生活の何割を占めているのかということが、その人の心の豊かさに直結してくることでしょう。
分かりやすい例をあげれば、最近では、出来て当たり前とさえ言われるパソコン。当初はパソコン(当時はマイコンと言っていましたが)を持っているというステータスが重要でしたが、やがてそれは、より高機能のパソコンを持つことに変化し、更に、技術習得のためにパソコンを習うというサービスえお受けるようになり、より分かりやすくスキルアップ出来るパソコンの習得サービスや検定が生まれた。というふうに社会変化していきます。
20世紀は、より優れた物や新しい物を所有することで生活が改善出来るという理想の元、様々な物を作り、人々はそれを所有しました。今後は、こうした物の所有を前提としたサービスの所有がポイントになってきます。そして、そのサービスの先端の一つに、カルチャーサービスがあります。
カルチャーとは、自分の立脚点を表す座標軸であると同時に、その過去と未来を内包する全ての思考です。そして、カルチャーサービスとは人の立脚点を提案・提示するサービスと考えることが出来ます。ここがポイントになります。
第二・第三セッションのカルチャーサービスの講義では、陶芸教室というカルチャーサービスを検証しながら、カルチャーサービス業が持つ問題や今後の課題に対する私なりの図式や構想というのをお話していこうと思っています。
そのためには、まず、過去と現在のサービス業の役割を検証し、更に未来の日本の社会構造の変化にともなうサービスの現状を、きちんと整理・把握し、考えていく必要があります。
そこで、第二セッションではサービス産業と陶芸教室との歴史を整理し、さらに現在の陶芸教室の運営内容をお話します。そして、第三セッションでは、未来へ向けたサービス産業の具体的対策を考えていこうと思います。

サービス業発展の背景

では、最初はサービス業の発展の背景です。
サービス業発展の背景を、まず、需要側の文化的側面から考えて、サービス発展の問題点にも少しだけ触れたいと思います。サービス産業発展の背景を分析することで、カルチャーサービス出現の背景も理解することが出来ます。
需要側から見るサービス業発展の背景には、【所得向上】【余剰の発生】【開放】【放棄】という4つのキーワードがあります。

豊かさの追及

経済の発展に伴い、個人の所得が上がると、需要行動に変化が生まれます。
初期段階では、例えば、所得がちょっと増えると、とりあえず食べ物を買うようになります。1日一食で我慢していた大学生は、アルバイトでお金が入るようになると1日三食にしようなんてことになったりします。私も、そうでした。もう少し収入が増えると、食事の後に、食後のデザートを食べようなんていう贅沢にも目が行くようになります。
このように、所得向上で欲求が異なるカテゴリーに変化していくことを【豊かさの追及】と言い、これが、サービス発生の鍵になります。
さて、ある程度、食に満足してくると、今度は、食への欲求が物の欲求へと変化します。所得の向上や生活のゆとりを視覚的に認識するために物欲が生まれるわけです。
所得の向上で物を購入するとき、購入した物を利用して人の労働力を軽減させようとする働き、これを資本代替と言いますが、この資本代替が促進すると、家事労働などからの【開放】が生まれます。
分かりやすく言うと、手洗いだった洗濯が洗濯機に代替されたり、雑巾が掃除機になるということですね。これまで必須とされてきた身の回りの作業を出来るだけ機械に変換し、人が行う労働の時間を大幅に削減した結果、体力や時間にゆとりが出てきます。こうして【余剰の発生】が生じるようになります。
更に、とりあえず生活するには困らない十分な物が設置され、資本代替が多くを占めることで【余剰】が生まれると、その余剰を利用し、体力・精神的な向上への欲求が生れ、陶芸でも習って趣味を広げようか、とか、ジムにでも行って体を鍛えようか、ということになります。そうすると、雑誌を購入したり、インターネットで情報収集をしたりして、実際に習い事を始めたりします。 また、こうした豊かさの追及をより拡大しようとすると、周りの代替の質を高めたハウスクリーニングやデリバリーなどのサービスも利用し、生活の為の大半をサービスに依存するようになります。
ここへ来て、人は『人生のゆとり』というものを感じるようになります。
従って、現在のサービス産業は、需要側が人生のゆとりをどれだけ感じ取ることが出来るか、ということが一つの目安になっています。 もう少し言えば、個人がどの程度まで資本代替を完了し、精神的向上に資金を投入しているかが、人生のゆとりの尺度になっていると定義することが出来、その尺度の先端の一つに、カルチャーサービスというものがあるわけです。
通常、人は自分の満足度が最大になるよう行動します。サービスというものは、それを前提に発展しますので、豊かさの追及が増えれば、個人や社会の満足度を最大にするよう、社会環境の変化にともなった新しいサービスが次々に生まれて来ます。

社会変化

個人の豊かさの追及が、サービス産業の発展を生み出すということは、以上のことからご理解いただけたと思います。では、こうした個人の豊かさの追及は、社会全体にどのような形で表れてくるのかというのを考えてみましょう。
生活に必要なほとんどの事が、資本代替や資金投入でまかなうことが出来るようになると、個人の労働配置に変化が起こります。言いかえると役割分担の変化で、極端な場合は、それまでに必要だった人間が不要になってくることもあります。
この変化が家族や家庭に表れた物が、大家族制度が崩壊や核家族化の促進です。 特に都市部では核家族化の進行が著しいため、核家族化に伴うサービスの発達を急速に起こります。ベビーシッターや便利屋、外食産業などの様々なサービスが生まれることになります。
しかし、余剰の発生から始まる豊かさの追及は、家事などからの【開放】を経て、最大幸福へと進みますが、社会構成を基盤とした場合、そこには限界があります。
そこで、それ以上を求めるために何かを【放棄】することで、更なる豊かさの追及を行うことになります。分かりやすいところでは、結婚制度があります。結婚をしても自らの意志で子供は持たないというDINKSや、あるいは結婚そのものを行わない非婚化など、これらは、これまでの生活習慣の一部を放棄することで生まれた豊かさの追及の一つと考えることも出来ます。
こうして、健康対策や興味分野の技術向上、そして喜びの確保の需要を満たすために、サービス業は発展、細分化されていきます。結婚情報や友達探しは、すでに多くの部分で第三次産業を利用したサービスに内包されているのは言うまでもありません。
極端に言えば、都市圏においては、所得を得るための時間以外の全てが、サービス業を利用している時間になったと考えることもできるでしょう。

まとめ

少々、極論的な言い回しになりますが、今やサービス産業は空気と同じぐらい生活に密着したものになっています。需要がサービスを生み出し、新たなサービスが新たな需要と人生観を創出する関係が生まれている。それが現在の日本であり、特に都市部ではこの現象が顕著です。
今までの話を聞いて、私がサービスを批判しているように聞こえるかもしれませんが、決してそうではありません。サービス業は、社会を変えるほどの力を持ったツールであり、今や社会要請に基づく使命や貢献をも担う貴重な仕事になっているのです。このことから、サービスを行うということの重要性を理解して頂ければと思います。
そして、サービスは同時に、次の時代を作るための貴重な主張や倫理にもなりうるということなのです。
特に、カルチャー業は、一つの文化の提言として社会の中に機能するサービスです。今後、カルチャーサービスを目指す方は、このことを心の隅に止めておいて頂ければ幸いです。

陶芸教室の誕生と変遷
はじめに

陶芸教室の業務内容や意義などを知って頂く時に、少し必要となるのが、その発生の歴史です。まずは、陶芸教室発生の歴史を簡単にお話しいたします。
実は、陶芸教室というのは日本独特のサービスで、海外では、本当に少なく、たぶん、多くても一つの国で5〜6くらい。世界的に見れば無いのが当たり前です。陶芸そのものは、未開の土地の人たちですら行うほど生活に密着したものですし、産業としても極めて多くの国で行われています。しかし、陶芸教室というサービスは、一部の先進国以外では、ほとんど行われていません。日本のように陶芸教室が100も200もあるというのは異常と言ってもよいのかもしれません。そういう点では、日本は陶芸教室先進国と言えます。
しかし、陶芸という言葉が使用されたのは、昭和七年の日本陶芸協会だと言われています。ですから、陶芸教室というのは、それよりもずっと後、つまり、日本においても、かなり歴史の浅いサービスということになります。
従って、陶芸教室というサービスは歴史が浅さい分、未だ成熟した状態になっていないと私は思います。もう少し言うと、陶芸教室というのは、まだサービス業としてきちんと確率されていないというか、不確定な部分が多分にあるわけです。これは、ものすごい欠点であると同時に最大の利点でもあるわけですが、その理由については、第三セッションでお話します。

陶芸教室の歴史

では、どうして陶芸教室がサービスとして確立していないと私が考えるのかという事を、陶芸の歴史から見てみましょう。そのために、陶芸教室発生までの歴史を急ぎ足で解説します。

半農半陶として生まれた陶器

縄文式土器をご存じかと思いますが、粘土で器を作るという歴史そのものは、紀元前一万二千年という非常に古い時代からあるものです。土師部という陶器職人は昔からいたのですが、それは本当にひとにぎりの権力者の為のもので、多くの日本人は自分で土を見つけ、器を作っていたようです。土器のほとんどは、個々人や、広くても十数人の集落が使用するために器を作っており、多くの土器は昔の使い捨ての器だったと考えられています。
産業としての庶民のための陶器の生産は十二世紀あたりに常滑焼や渥美焼というのが生まれ、やがて信楽や越前など様々な場所で窯場が生まれることで発生しました。十三世紀になると備前焼。そして猿投窯を源流とする瀬戸焼きが政治支配者のために生まれてくるわけです。
私の田舎の栃木にも益子焼がありますが、あれも元々は、農業の傍らに陶器を焼いていたところ、大塚啓三郎という人が来て、殿様から命令されて窯業産地になったという歴史があります。
それはさておき、要するに陶芸は、元々、農業作業の傍らで、あくまでも必要にかられて行っていた副産業というのが重要で、第一次産業に付随した第二次産業として発生したものなのです。

職人のセカンドビジネス

やがて時代は下って、安土桃山時代になると、藩によって管理される窯場が増え始め、陶芸は法人的な完全な第二次産業つまり製造業になります。しかも、陶磁器の技術開発は、いわば企業秘密としては藩が収めましたので、門外不出の秘伝として陶芸の職人にも秘伝非公開厳守の意識が生まれてくるわけです。
しかし、やがて江戸時代、明治時代末期になると、各地の窯業は後継者がいなくなりバタバタと潰れはじめ、やがて、ほとんどの窯場は潰れ、その技術は失われていくようになりました。
それを見た加藤唐九郎という人が、各地を回りながら秘伝を聞いて集めはじめました。職人も、「どうせ自分も長くはないから全部、教えてあげるよ」と言って、いろいろな技術・秘伝を口伝してくれたそうです。その後、加藤唐九郎が世界発の「陶器辞典」を昭和9年と12年に発表し、様々な陶磁器の秘伝が公開されました。
コンピュータで言えば、少し前に話題となったLinaxに代表されるオープンソースという事でしょう。
この本は、発売当初はあまり売れず絶版となってしまいますが、昭和47年に、現在も発売されている原色陶器大辞典というかたちで増補発表されます。そうすると、陶芸の技術は残していかなけれならないという意識の他に、陶磁器の体系を理解し、作り方が分かれば誰でも陶芸出来ると考える人が出て来ます。やがて、陶磁器職人自らがセカンドビジネスとして器の作り方などをレクチャーしたり、大学などで陶芸の専門コースが出来たりして、一般にも知識や趣味として陶磁器作りが浸透してくるようになります。陶芸の第三次産業化の芽が出てきたというところでしょう。
実際、原色陶器大辞典によると、昭和41年頃に陶芸教室の原形となるものが生まれて、その後、急速に増えたという記載があります。
これが陶芸教室サービスの始まりです。つまり、20世紀の後半も後半になって、はじめて陶芸サービスというものが出てくるわけです。
ここまでで重要となることは、陶芸教室は職人のセカンドビジネスとして始まり広まったということです。
今でもそうですが「陶芸教室をやっているような陶芸家は、陶芸家としては三流だ」という意見があります。セカンドビジネスをメインするようなヤツは、ろくな陶器は作れないという、ある種の偏見は、こうしたことに由来します。陶芸教室は、あくまでも陶芸家のセカンドビジネスという位置づけが今でも広く流布され、おそらく、陶芸教室を開業している人の中にも、そういう意見を持つ方はいらっしゃると思います。私は、ここが陶芸教室がサービス業として成熟していかない最大のネックではないかと思っていますが、その詳細は後ほど。

陶芸機材の進化

さて、セカンドビジネスであろうが何であろうが、こうして技術の公開によって、陶芸が広く認知されるようになると、粘土を作る業者が粘土の小分け販売を始めたり、窯業者(窯を作る業者)が、灯油やプロパンガスなど身近な燃料を使用し、安全、高火力な窯を開発し、更に、電気式の小型ロクロが開発されるといった窯業の技術革新が始まります。第三次産業の発展に伴って第二次産業の発展が追従してくるようになるわけです。

運送業の発達

機材の発達と同時に、小荷物も送ることのできる宅配業者が誕生すると、日本各地で良質な粘土の入手が可能になりました。
昔は、良い粘土が採れるから、そこに窯場を作る。そのためには、みんなで窯を作って、みんなで使いましょうというのが陶芸の基本だったわけですが、物流の発達に伴って、窯業の形態にも変化が表れたわけです。要するに、個人が窯を持って、日本各地から自由に粘土を購入するというシステムが出来上がります。
ここまでが第一次陶芸ブームですが、ブームと言っても、まだ陶芸は高級趣味であり、高校生や大学生がお小遣いで陶芸が出来るほどのブームではありませんでした。東京都内にも、5カ所ぐらいしか陶芸教室はなかったと思います。ちなみに、このブームの時に生まれた陶芸教室の一つは、私が務めている陶芸教室です。

都市部で発達する高級趣味

機材や輸送交通網の発達により、あらゆる地域で陶芸が出来ることが可能になりました。当然、人の多いところで陶芸をやれば配送の手間も料金も節約できるし人目にも付きやすい。ついでに、陶芸教室も兼業すれば、人もたくさん来るだろう、という考えが出るのは至極当然で、こうして、全く粘土の取れない都市部にも陶芸教室が徐々に増え始めます。
都市部において特徴的なのは、ビルの2階以上の場所でも陶芸の設備を整え、焼き物を焼く事ができるので、安いテナントを利用し、ビルの高層階に陶芸教室を作る人が多いということでしょう。

バブルでの第二次陶芸ブーム

バブルによって企業が文化的事業として陶芸に着目しはじめることで、第二次陶芸ブームが起こりました。企業が持つ保有地に窯を置いたり、観光地のホテルに陶芸の設備を入れたり、陶芸ツアーなどのパック旅行が組まれるなどが、その例です。
そして、各メディアが、ちょっと高級な趣味として陶芸を取り上げ、陶芸入門番組やドラマなどで陶芸ブームに拍車がかかりました。また、この時期、お稽古専門誌が登場し、メディアによって多角的にカルチャーサービスとしての陶芸教室が宣伝されることで、第二次陶芸ブームは最高潮になります。
私が陶芸教室で仕事を始めたのも、この頃です。30人収容の陶芸教室に、1日に40〜50人くらい、人が来ていまして、陶芸というのは凄いものだなぁと思っていたものです。

誰もが出来る陶芸(第三次ブーム)

やがて、陶芸教室は設備さえ整えば、誰でも比較的低コストで出来るという意識が広まり、また、ブームに便乗して陶芸を習い始めた人が、今度は自分で窯を買って陶芸教室を開いたりして、今の陶芸教室というサービス業は、さらに増加していきます。
陶芸入門書として大量の書籍が発行され、インターネットの発達によって、様々な人が陶芸のホームページを持ち、個人で販売なども始まります。こうして、現在は第三次陶芸ブームと呼ばれる現象が起こっています。これが、陶芸教室というサービスの大きな流れです。
なお、余談ですが、低コストで始めたとしても、陶芸教室が利益を上げるのは、かなりしんどいというのが実情です。理由は簡単で、陶芸は作品が出来上がるまでに時間がかかり、そのための保管場所や設備が必要になるなど、意外にコストがかかるからです。また、一個人が作る作品の量はたかが知れていますので、作品から利益を出すのは難しいからです。

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