新訂/緑茶の事典「茶と陶磁器」ノーカット版

【 茶と茶碗 】

 おいしい茶を飲むために大切なのは、茶葉の種類や量、湯の温度や抽出時間などに注意し、手順に沿って丁寧に煎れることだが、そうして煎れたおいしい茶を味わうためには、普通、茶碗に入れて口元まで運ばなければならない。当たり前の話だが、実は此処に茶と茶碗の関係の核心がある。
 茶碗を使って茶を味わうという事は、長い工程を経て作られた茶の味が、茶碗に入ってやっと完結することを意味する。裏を返せば、茶の味を完結させるために茶碗を使ったということで、茶碗は味を完結させる最後の決め手。つまり、茶碗もまた、茶の風味を作る大切な要素の一つになったということだ。“茶碗とは茶の味を決める仕上げであり、茶を煎れる者にとって、茶に出来る最後の気遣いだ”とも言える。では、そうした茶碗とはどのようなものなのだろうか。茶碗が茶に与える影響とは何だろう。

【 茶碗の素地 】

 身の回りにある湯飲みを含めた茶碗のほとんどは陶磁器だ。陶磁器が使われている大きな理由は、他の素材に比べ蓄熱性に優れていることが挙げられる。
 しかし陶磁器は正確に言えば陶器と磁器で、この違いは非常に大きい。国や研究者によって分類に多少相違はあるが、単純に焼締りで双方を区分するのが最も実用的だ。焼締りとは焼結の促進度で、要するに素地の粗密である。陶磁器は、含水珪酸塩鉱物の粒子が高温でガラス化する過程のもので、基本的に温度が高い程ガラス化は促進する。例えばザラメ(砂糖)に熱を加えたとしよう。最初ザラメは粒子状になっているが、やがて粒子表面が半融し隙間や粒は残っていても粒子が密着したようになる。更に熱を加えると、粒子が確認出来ない程度の塊になってくる。陶磁器における焼締りの差はこれとほぼ同じで、前半が陶器、後半が磁器に相当する。
 陶器は素地に微細孔が多く残っているので、茶を注ぐと染み出してしまう危険が大きい。そこで器面に施釉つまりガラスのコーティングを行い素地の吸水を防止する。これにより、素地中の微細孔が空気層として機能するようになり蓄熱効果が高まる。だから、陶器は茶が冷めにくいと言われている。磁器はガラス化が促進し微細孔がほとんど無くなっているので、そのまま茶を注いでも染み出す事は無いが、独特の色を強調し、汚れを防止するために施釉を行う。素地が緻密な分、見た目が滑らかで美しく丈夫だという利点はあるが、空気層はほとんど無いので陶器に比べると蓄熱力は弱く、手の温度や外気の影響を受けやすく、茶の温度変化が激しい。
 これが陶器と磁器素地の大きな違いだ。舌は僅かな温度差でも味の違いを敏感に察知するため蓄熱性の違いを理解することは非常に重要だ。茶道では、こうした陶磁器の違いを利用し、夏茶碗と冬茶碗として使い分ける工夫がされている。
 よく、指で陶磁器を弾いて、澄んだ金属音が磁器、曇った鈍い音がすると陶器と言われるが、この音の違いは素地の粗密に関係する。茶碗売り場で器を叩くのはよろしくないので、素地の違いは土見で比べる。土見とは施釉されていない部分で、高級磁器を除くほとんどの陶磁器は畳付と呼ばれる高台下部だけ素地が露出している。器を裏返し、土見をよく観察したり軽く指で擦ると粗密の差を判別しやすい。購入時の要になる。

【 茶碗の釉薬 】

 身の回りにある陶磁器の多くは、表面が釉薬と呼ばれる薄いガラス状の被膜で覆われている。釉薬はガラスと同じ非結晶の珪酸塩化合物だが、大きな違いは、粘性が強く被膜層内に多量の気泡や微粒子、時には結晶を残していることで、これにより独特の深い色合いを作り出している。
 もっとも釉薬使用の最初の理由は装飾性よりも実用的利便性にあったと思われ、陶磁器が進化した現在でも使用理由は全く変わらない。水漏れ防止。汚れの付着防止。器物の強度向上だ。しかし、この3つを網羅するのは実のところ極めて難しい。陶磁器の素地は先程記載したように鉱物のガラス変成物だが、完全なガラスでは無いため被覆した釉薬とは微妙に相性が悪い。変成進度から磁器よりも陶器素地の方が馴染が悪く、その結果、貫入と呼ばれる釉層のヒビが発生する。貫入が原因で陶磁器が破損する事は少ないので通常は装飾として扱われることが多いが、貫入から素地に液体が流れ込み、付着したりカビが発生すると茶碗に黒ずみや臭いが着く。抹茶碗では雨漏りなどと呼ばれ珍重されるが、煎茶のように微妙な風味を楽しむ場合は、貫入から素地に入って沈着した茶渋やカビの味や臭いが風味に影響を与える。そのため、国際基準の審査用茶具は無貫入の白磁と限定されている。但し、同じ種類の茶を飲む場合は味に深みを与えるとして貫入の入った湯飲みが好んで使用される事も多い。中国ではこれを茶器を育てるとも言う。
 ちなみに、釉薬の原料は珪酸塩鉱物に熔融促進のためアルカリを入れたもので、東洋ではアルカリに木灰や石灰、西洋では鉛などを使った。楽焼きの茶碗も鉛を使用しているものがある。鉛は溶出し人体に影響を与える事があるため、現在ではそれに変わるアルカリが研究開発され使用されている。

【 茶碗の色 】

 陶磁器には純白〜黒色まで様々な色がある。こうした色は素地と釉薬の両方に依存するが、どちらも着色剤となっている原料は酸化金属だ。酸化金属の種類は非常に多いが、大抵は高温で退色したり揮発してしまうので、陶磁器に使用できる数はそれほど多くはない。
 その中でも、茶と関連する重要な酸化金属に鉄がある。鉄は天然鉱物に必ず含まれている金属元素で、陶磁器もまた天然の鉱物を原料とするので、必ず鉄が含まれている。茶の成分であるタンニンは、鉄と結びつきやすい性質があり、味と水色の繊細さを楽しむ茶の場合、茶碗に含まれる酸化鉄がそれらに影響を及ぼすこともある。
 鉄の発色は焼成時の窯中の酸素量によって変化するが、白色や透明に近いもの、特に白磁器は鉄含有率が最も低く、茶〜黒の色の濃い陶磁器は含有率が高い。色の濃い陶器の内、素地が無釉の焼締めの場合、茶と鉄分との接触は最大になる。味覚に敏感な人になると、煎れる過程で茶に付いた鉄の味が分かるという話だが、そうでなくても、直接、茶碗の口辺に口を付けるのだから、多少なりとも鉄の味を感じるときはあるだろう。なお、素地にポツポツと黒い小さな点がついているのは概ね鉄粉で、最初から粘土に入っている事もあるし、意図的に鉄粉を混ぜて量を調節する事もある。まれに、鉄泥で被覆した陶磁器を見ることがあるが、その場合には茶と鉄が接触したり、焼成温度が低い時には溶出することもあるので、特に鉄の味に敏感な人は、無釉陶器には気を配る必要がある。
 釉薬の場合、黄瀬戸や青磁などでは2〜3%、茶〜黒釉では6〜8%、鉄赤釉になると15%も鉄が混入している。尤も、よく熔けて光沢のある釉薬は鉄の粒子が釉で覆われているので、直接、茶と鉄が触れる事はほとんどないが、つや消し釉や結晶釉は表面に鉄の結晶が出ていることもあるし、微細な傷のある骨董などになると、鉄分接触の可能性は更に高くなる。西洋陶器で焼成温度の低いものや上絵付されたものは特に傷が入りやすいので、これも同様である。
 その他の金属としてはコバルト、銅、クロム、その他の顔料があり、それらのほとんどは意図的に素地や釉薬に添加されている。

【 茶碗の形 】

 現在の多種多様な茶碗は、茶人が他用途の食器を茶碗として転用したことに始まり、その中の小振りの茶碗が煎茶と共に湯飲みとして庶民に広まった。大きさ、形態ともに様々だが、大別すると筒形と碗形に分れ、筒形の方が碗形よりも茶が冷めにくく、茶の香りも強く感じるそうだが、茶碗で特に重要なのは、口辺の厚みと反り方だ。専門的には口造りと言う。口造りの良し悪しは、茶の啜り具合を左右する。日本人独特の喫茶法といわれる啜りは、口先で茶を空気と攪拌し温度を下げる動作だが、この時、風味が微妙に変化する。あまり意識して啜ることは無いと思うが、口造りの良し悪しで、この啜り具合が変り、結果的に茶の風味を変えてしまうことがある。自分が啜りやすい口造りの茶碗を使うことは、茶の風味にとって重要な事なのである。

【 茶碗を使う 】

 購入後、初めて茶碗を使う時、茶の味がいつもと違うと感じる人は多い。特に、陶器の茶碗はどんなに洗浄しても器の臭いやエグ味を強く感じることがある。これは素地と釉薬の項で説明したとおり、微細孔や残留気泡および貫入によるところが大きい。こうした細かい孔や溝は意外なほど焼成時のガスや窯の臭い、店先での埃臭などを吸着している。土灰汁と表現する場合もある。
 こうしたものを除去するためには、購入後、たっぷりの水に浸けて煮沸し、そのまま冷却させて水分を吸わせると良い。よく陶磁器を煮沸させると焼締ると記載された本があるが、あれは明らかな間違いで、正しくは素地や貫入の不要物除去が目的になっている。特に昔は陶磁器運搬に藁を使用したので、藁から付いた雑菌の消毒も兼ねていたらしい。なお、煮沸は煮立ててしまうと器が動いて口辺などが破損することもあるので、器は布巾で包み、煮立たないよう火加減に注意する必要がある。また、漂白剤で洗浄した時も、洗剤の匂いが取れなくなる事がある。この場合も同様に煮沸処理をすると臭いが取れやすい。茶にとって香は大切な味の要素の一つなので、香を阻害する陶磁器に付着した不要物には十分に注意を払う必要がある。

【 最後に 】

 一杯のおいしい茶を飲みたい。喫茶を楽しむ人にとって、それは誰もが持つ願いであり幸せだ。だからこそ、茶碗が味を作るという事にも是非、関心とこだわりを持って頂きたいと思う。道具にこだわりを持つことは、必ず最高の一杯に辿り着く。日頃、茶碗を手にするとき、心の中で、そっと茶碗に語りかけて頂きたいと思う。

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